二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 銀魂 * 我が愛しのロクデナシ ( No.19 )
日時: 2011/03/04 19:56
名前: 燕 (ID: /kFpnDhT)




 深海魚




 酷く甘く誘われた。ポストに入れられた一通の手紙。其れは手紙と呼ぶにはあまりに素っ気無く、愛情のひとかけらも包まれない紙切れだった。
 差出人は、不明。だけど嫌というほどに奴の顔が脳裏に浮かんできて、其れだけで酔いしれそうだった。

 此の季節になると咲いてもいない桜を見ながら宴を開く。あの人が愛した蕾を、憂いを秘めた眼差しでぼうっと眺めれば、理由も解らないまま只堰を切ったように感情が溢れ出す。新八や神楽には見せることの無い、見せることの出来ない表情が、此の日だけは失った筈の仲間に其れを曝け出す。


 夜も待たずに俺は家を出た。新八の声を背後に感じたが、何も言わずにまどろんだ足取りであの場所へ向かった。現在、正午を少しだけ過ぎている。俺は歩みを進める。
 昼間の世界はゆらゆらと太陽が差して、溺れるように歩いてく人々は海の魚のようだった。春の始まりを感じる生暖かい風が音を立てることなく髪を揺らす。静かな波にさらわれた魚たちは、其れを拒むことなく流れる髪を掻きあげた。



 桂は花。坂本は太陽。高杉は月。俺は、何物にもなれない。成る資格さえない。泥塗れで汚れきった捨て猫は、如何足掻いても駄目人間までしか成り上がることができなかった。

 あの人は四季を尊く愛した。春はたくさんの花を、夏はきらきらと輝く透き通る光を、秋には憂いを孕んだ月の夜を。そして冬には、代えることの出来ない失った愛を、俺達に厭というほど振り撒いた。
 取り戻せる筈もないのに、俺は、俺たちは暴れまくった。取り戻す為ではなかった。何の為だったのかと問われると答えに詰まる。腐った此の浮世を変える為に。奴らはそうだったかもしれないが、俺はどうでもよかった。枯れるほどに流した血と涙。仲間の骨を抱いて眠る夜。戦場には如何してか優しい風ばかり吹く。



 下らないことを考えながら、喫茶店で暇潰しを図ってみる。穏やかな午後。優雅に紅茶を啜る気分ではなかったので、俺は窓の外を眺めた。道往く人は皆、眩しいくらいに揺るぎない表情を俺に見せ付けた。
 何をするわけでもなく、俺は項垂れたように机に突っ伏した。瞳を閉じれば真っ暗闇なのに、何処か安らぎを感じた。
 光のない世界は、あの頃を思い出す。今の自分の周りには、太陽が幾つもあって眩しすぎる。血を血で洗い流して白い服に付着した紅は何時の日か驚くほどどす黒く俺を嘲笑った。繋いだ手の向こう側にも、抱き合った身体の其の奥にさえも、光が差すことなんて、なかった。



 目を開けたら何時の間にか窓の外は薄暗かった。店を出ると辺りは仄暗く没していた。魚たちは其の姿を減らして、宛てもなくゆらゆらと泳いでいる。優しい橙の街頭は、宝石のようにきらきらと輝いていた。俺も覚束ない足取りを縺れさせながら歩いて、ようやく奴の屋敷まで辿り着いた。

 死んだような眼をした女の使用人が、俺をあいつの元へ連れてゆく。静かに開け放たれた光の扉の向こうで、暗闇の残像を纏った艶やかな声が聞こえた。


「————よォ銀時、遅いじゃねえか。のんびり飲んでたら醒めちまうぜ?」


 死人のように残酷な声だ。今年も始まる。宵闇は其の色を深め、微笑を貼り付けた顔に静かに馴染んでゆく。俺も見え透いた愛想笑いを奴に返して、誘う其の手に操られるように奴の元へ向かった。