二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 銀魂 * 我が愛しのロクデナシ ( No.28 )
日時: 2011/03/11 21:23
名前: 燕 (ID: /kFpnDhT)




 
 寝る時は百数えて鬼を隠そう




 其の白は白かと思っていたら白くなかった。白濁を溶かしたような銀色。初めて其れを見たとき、淡い色に散った紅が、恐ろしくも綺麗だった。
 松陽先生はお人好しだ。何時も俺たちは口をそろえて言う。解っているけれど。あの人はそんなんじゃない。そんな言葉では言い表せない。其の人は俺たちの光だった。

 銀時。色素の抜けた淡い色合いの少年の名。先生の手と繋がれた小さな手は、悲しみを纏っていた。俺たちは何故そんな奴を連れてきたのかとは言えなかった。其の垢抜けない(俺たちが言えることではないが)顔立ちの中で鋭く光るものを俺は見た。多分、皆も。其れは俺たちの覚悟よりもずっと強く哀しく、孤独を背負っていた。



 散りばめられた星屑はきらきらと輝いている。月は雲に隠れて、顔を覗かせて、また隠れた。もうとっくに丑三つ時を過ぎただろうが、俺は眠ることが出来なかった。銀時が此処に来てから少し経つが、其のときからずっと、眠りが浅くなった。戦慄を漂わせる其の風貌が恐ろしくてならなかった。そして、何より綺麗なのだ。双眸は赤色。澄み切ってはいない。濁っていた。本物の血のように。
 指先を強く噛めば、血が流れた。其の血は浅く淡い。彼の背負ってきた赤色は、こんなものではない。流れ出た血を、俺は愛おしく舐めた。


 厠へ行き、部屋に戻って、また庭へ出た。変わらず空は満天。月は雲の切れ間から光を差している。
 ふと辺りを見ると、人影を見つけた。縁側の傍へ立ち尽くす、白い人影。
 ———銀時だった。
 其の横顔は相変わらずの哀愁を振りまいて、赤の瞳は空を仰いでいる。俺は一歩、一歩と其の男に近づいていく。砂利の擦れる音に、銀時は此方へ視線を落とした。

「————眠れないのか?」
 俺はひとつ、如何でもいいような問いを弱く投げてみた。
「・・・・・・・・・寝たくねえっつんだよ、こんな綺麗な夜に」
 其の銀色は不機嫌そうに答えた。だけど、言葉を返してくれたことが嬉しかった。今まで碌な会話もしていなかったからだ。奴の瞳は何時もよりも暗さを重ねて、大層強そうな色だった。
「戦場の空は哀しいんだろうな」
「・・・・・・ああ」
 俺の呟きに、銀時は小さく答えた。今宵はやけに優しいな。心の内で感じた。
「・・・・・・夜ってな、寝るもんじゃねえんだよ」
「———?」
「心を研ぎ澄ませて、目ん玉見開いて、夜の戦場を見張るときなんだ」
「・・・・・・ああ・・・そうだな」
 此の男は強い。そして強いようで、弱い。優しさやぬくもりに飢えた獣なのだ。

「・・・先生はお前を鬼と呼んだ。だけど俺はそうは思わない」
「どうだっていいよ。ンなこと」
「良くない。・・・・・・お前は血を知りすぎた。俺は、俺たちは、只お前と馴れ合いたいんだ」
「反吐が出るほど気色悪ぃ」
 銀時は放り投げるように言った。其の目は変わらぬ血の色で、変わらぬ悲しみが込められている。
「・・・・・・お前は只の捨て猫だよ、銀時。俺たちだってそうだ。此処に居る者は皆、人間でも鬼でも神でも、ないんだ。だから、少しだけ愛を交わさないか」
 銀時は俺の眼をじっと見た。俺は続ける。
「皆、愛されなかっただけの獣だ。そして此処は戦場じゃないんだ。只の薄汚い村塾だ。瞳を閉じればいいんだ。安らぎを覚えればいいんだ」
 俺は其の瞳をじっと見据えた。そいつは目を逸らした。

「さあ、銀時。今宵の輝かしい月光を拝め。戦場には、降り注ぐことのない、此の光の下———」
 月は其の顔を静かに見せた。照らされた顔は、少しだけ綻んで見えた。
「———愛を知る為の儀式を開こう」


 差し出した手のひらに、弱々しく冷たい手が重ねられた。

 俺はにこりと微笑を浮かべた。月の光の下で、銀時の瞳が輝いた。
 冷たい其の手に力が込められた。嬉しくなって俺も強く強く握った。
「いてえ」
 もう片方の手が拳を作り、俺の額にぶつけられた。俺も同じように「いたい」と笑った。


 出来るなら出会わなければ良かった。何時の日か思うことだろう。だけど今だけは重ね合わせたかった。乾ききった己の心と、血に塗れて穢れた君の心を。そして俺たちは始まってゆく。終わってゆくときが、静かにはじまりの鐘を鳴らした。