二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 銀魂 * 我が愛しのロクデナシ ( No.29 )
日時: 2011/03/12 00:53
名前: 燕 (ID: /kFpnDhT)




 
 甘い匂いが此の名を呼ぶ




 淡い陽の光が眩い。きらきらと心地の良い初夏の空が銀時の赤い眼に映っていて不思議なコントラストを奏でている。大樹の下、疎らに出来た影を探して皆涼んでいた。生温い風が風車をゆるりと押す。ひらひらと軽く回るそれは風流で美しい。
 銀時が来てから初めての夏だった。白髪天パーは見てるだけで暑苦しくなるからなるべく視界に入れないようにしてたのに、そいつは馴れ馴れしく話しかけてきやがった。
「晋ちゃん何食べてるの」
 品のない風貌にやる気の感じられない双眸。汗ひとつ流していないそいつは何故だか余計に暑苦しい。俺は額に感じる汗にいらつきつつ答える。
「晋ちゃんとか言うな」
「・・・・・・上の名前なんだっけ」
「・・・言わねー」
 えー、と銀時は拗ねる。何でこいつ、名字だけ知らねんだと苛立ちは募ってゆく。俺は仕方なく手に握った飴玉を奴に渡した。
「何これ、可愛いね」
 晋ちゃんに似合わねえと笑いながら、其れを口に放り込む。舌で転がしながら、俺はじっと見つめられて目を逸らした。

「————んんんめえッッ!!」

 力を振り絞って出された其の声に驚いた。周りで汗を流す奴らも驚いた。一番驚いているのは当の本人だった。
「えっえっ何これ甘い!甘い!美味い!苺味じゃんっ!」
「何これってお前、飴だろ」
「飴?・・・・・・俺、はじめて」
「マジ?」
 二度目の吃驚。まあ確かに、天涯孤独で屍から何もかも盗んでた奴が、こんな甘いものを知る筈がない。其の口からがりがりと飴玉を噛み砕く音が聞こえた。
「噛むなっつの。舐めんだよ。勿体ねえだろ」
「舐めるだけじゃ我慢できねえもん」
 そう言って銀時は飴玉を嚥下し、俺に手のひらを差し出した。
「もいっこ」
「やだ」
「ケチ。ちび助」
「うるせー銀パー」
「なんだよ銀パーって」
 銀時は小さく呆れ笑いを零して、俺の頭をぽんと叩く。
「ありがと」
 晋ちゃん、と御丁寧に付け加えて、奴は松陽先生の元へ駆け寄って行こうとする。俺は其の腕を掴んだ。
「なによ」
 意外そうに其の銀色が問う。俺は何で掴んでしまったんだろうと不思議な気持ちになった。無意識だった。何故だろう。繰り返し考え、気付いた。
 こいつの笑ったとこ、はじめて見た。
 もっと見たい、って思ったのか。俺が?馬鹿馬鹿しい。俺は掴んだ手を放す。
「・・・・・・なんでもねー、」
 歯切れの悪い声が自分の口から吐き捨てられた。銀時は頭上にハテナマークを浮かべてそうな頭の悪い(元からだが)顔を俺に見せ、柔く笑った。
 不意打ちだったので、俺はまたもや驚いた。夏だから可笑しくなったのかな。俺も、銀時も。今日は何度も、此のくるくるパーに驚かされる。俺は其れが少しだけ楽しかった。
 樹の向こう側では松陽先生とヅラがくすくすと笑っていたので、大きく舌打ちを放つ。銀時は相変わらずの阿呆面で、また小さく笑った。


「な、晋ちゃん。俺の名前知ってる?」

 赤い瞳に覗き込まれ、びくりとした。其の赤が血のようで。恐ろしく、美しい血の色で。

 俺は其の銀色の名を小さく呼んだ。
 男は今日一番の笑みを俺に放った。決して満面の笑みではない。気だるそうな其の微笑が、俺の心を緩く解いた。

 俺もお前の名前知ってるよ、と銀時は俺の名を呼んだ。
「名字知ってんじゃん」
「おう」
 誇らしげに言うそいつの馬鹿面が可笑しくて、俺は久々に笑った。こんな馬鹿と馬鹿な会話をしたのは初めてで、存外に楽しく思っていることが不愉快だ。
 紡ぎ合った名前の数だけ笑顔が咲く。太陽はじりじりとこの身を照らすけど、此の甘い男だけはゆるやかに俺を包み込む。
 草の上に置いた飴玉をもうひとつ手に握って、目の前の男に差し出した。