二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 銀魂 * 我が愛しのロクデナシ ( No.40 )
日時: 2011/03/21 21:00
名前: 燕 (ID: /kFpnDhT)




 ダストボックスに夢を集め




 風が少しずつ冷たさを纏ってくれば、溢れる緑の木々も色を落とした。人肌を感じたくなる、憂鬱に満ちた季節。
 秋を迎える此の萩から、夏代は足跡ひとつ残さずに消え去った。俺と、先生と、桂と高杉と、交わした笑顔の数は五本の指にも満たない。先生は酷く心配した。夏代が残していった一枚の手紙には、小奇麗に綴られた「ありがとう」の五文字が記してあった。桂と高杉は不服そうな顔を見せた。もっと遊びたかった、という表情だ。俺は怒りを覚えた。幼き少女に、如何してか知らないが苛立った。先生を置いていくなよ、と心の奥底で醜い自分が泣いていた。


 たったひとりの小娘が消えた、俺たちの家。誰もが其の瞳に悲しみの色を秘めている。先生はそんな俺たちに西瓜を差し出した。恐らく今年最後の西瓜。よく熟れた其れは村塾の皆に平等に細く切られていた。齧るとみずみずしい甘さが口内に広がる。隣で高杉も西瓜を齧った。口の端から赤い滴が零れる。
「・・・・・・は、」
 高杉は目を見開いて俺を凝視した。
「なにすんだよ」
 俺は知らず知らず、零れ落ちそうになった滴を人差し指で掬っていた。そして自分の口に運び、果実の甘味が詰まった汁を舐めた。
「・・・無意識」
「頭可笑しいんじゃねえの」
 高杉は呆れ笑いを俺に寄越した。其れが失笑ではなかったので、少しだけ安心する。其の紅は、斬れば流れるあの紅のようで。美しく褪せた淡い、血。屍からきつく臭う戦場の。戦慄は繰り返す。今も尚。


「・・・・・・西瓜。あまくて、美味しいな」
 ふと、高杉の隣に座る桂が声を漏らす。水色の空を眺めながら。
「夏代と一緒に食べたかったな」
 只淡々と、紡がれる言葉。何の感情も入っていないような声だけども逆に其れが痛々しく思えた。
「・・・ああ、そうだな」
 高杉は答えた。存外に優しい声だった。やっぱりこんな奴でも女を慈しむ心を持っているのか。と考え、違うだろ、と一人芝居の俺。
「夏代は本当に此処を出たかったのだろうか」
 呟く声に、返す言葉はない。
「少しの間だったが、稀に見せる笑顔が忘れられないんだ」
「・・・・・・俺も」
 女はあんなに綺麗に笑うものなのか、高杉はそう続けた。
 奴の其れは俺たちが見せる笑顔とは違った。如何違うのかと問われると言葉に詰まる。笑顔は優しいものだ。温かいものだ。夏代が笑う度に俺たちの心には花が咲く。何処か憂いを貼り付けた其の細められた眼差しが、眼に胸に焼け付いて離れない。



「———お前たち、まだ食べているのですか。食べたら勉強ですよ」

 先生の声が後ろで聞こえた。優しく笑う其の表情。
 俺たち三人は、其の変わらない笑顔に酷く心を緩ませた。護られる笑顔、護りたい笑顔。徒夢に光を浮かばせる、温かいひと。

 俺は西瓜をまた一口口に含んだ。其の度に零れ落ちる滴を見て、高杉は「血みてぇだ」と笑った。其の笑顔に俺は救われる。

 俺は解りきった答えを胸に刻んだ。あいつの笑顔。あの綺麗な笑顔を、血塗れにしたくなかった。あの娘は俺と同じ、放り出された小さな猫。だからこそ俺は、あいつを俺と同じにしたくなかった。だからこそ俺は、俺たちは、あの捨て猫に綺麗な笑顔を咲かせたんだ。