二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 銀魂 * 我が愛しのロクデナシ ( No.53 )
日時: 2011/04/04 17:15
名前: 燕 (ID: /kFpnDhT)


 吸って、吐いて、また吸って、そんな覚束ない呼吸を繰り返していると何時の間にか夜は深みへ潜っていた。ぴしゃん、と何度も鳴る水滴の音。誰か止めろよ、と誰もが思っている筈だが皆其れを拒む。此の静かな世界の中で小さく奏でられる確かな音を、此処で絶望に沈む皆の心を満たしていた。決して晴れることのない曇天の心を。冷たい床で寝返りを打てば、隣に銀時が寝ていた。俺が見つめていると其の目蓋は重そうに開き、恐ろしくも美しい其の色が姿を現した。俺はふっと笑って眼を閉じる。そうすることしか、できなかった。




 真夜中は失楽園




 ぴしゃり、とまた滴が地を打つ音が聞こえて顔を顰める。其れは床に落ちる涙のよう。眠る為にある夜の世界は重く静かだった。微かな音が心を煽り、微かな事実に心を揺らされる。


(先生・・・・・・、貴方がいなくなって、俺たちの家は冷え切ったよ)


 俺が銀時と喧嘩して、踏み破った階段脇も。いちいち掃除の度に、久坂が拭いていた襖の溝も。やめときゃいいのに、料理に挑戦するとか言い出したヅラと入江が持った包丁がすっぽ抜けて出来た柱の傷も。
 貴方が毎日、村の餓鬼(俺も餓鬼だけど)から貰った野の花を入れていた花瓶も。


 なあ、先生、全部だよ。


 貴方がありったけの願いと夢を込めて作った俺たちの家は、一日で——正確にはたった一つの報で——死んじまった。わたしがいなくなっても、だって?此の様だよ、先生。
 こうやって故人と会話する俺の眼は酷く虚ろだろう。銀時が俺の表情を見て驚きの色を其の紅の瞳に混ぜた。月明かりは燦燦と残酷に滑稽に、俺たちの小さな身体に降り注ぐ。
 ぎんとき、とひとつ呟いた。否、声は出なかった。掠れた小さな呻き声みたいなものと共に、口だけが動いた。銀時は其れに気付いたのか気付いていないのか、張り詰めたような顔を少しだけ綻ばせ手を伸ばす。俺の髪に銀時の長い指が絡められる。銀時は俺の髪に触れるとき何時もしかめっ面をしているが、今回は違った。其れは安らぐような、緩い表情だった。


(・・・腹減った)


 何かを考えようとしてもそんな欲ぐらいしか脳内に浮かばず、やはり睡眠欲だけに縋ることしか俺には出来なかった。
 先生の料理はとても喰えるようなものではなかった。だから今、銀時もヅラも俺も、随分料理が上手くなった筈だ。其れを先生に味見して貰うのはお約束で、其の度に銀時の飯は先生の太鼓判を押される。
 浮かんで消えるのは、儚い想い出だけだった。


 先生の訃報に接したのは二日前だった。俺は泣き崩れも暴れもしなかった。只今も、その実感が湧かない。こうやってだらしなく寝転んでいると、先生が向こうから帰ってくる気がして。


(・・・・・・壊れそうだ、)


 此の可笑しな感情はもう壊れているのだろうか。先生が死んだ。天人に殺された。此の恨み、如何やって晴らそうか。心臓の奥のほうから沸きあがるのは只ひたすら醜く歪んだ答えばかり。


(たすけて、・・・なあ、銀時)


 声が出ないのが救いだった。此の少年に、俺は慰めを乞うことなどできない。だってこいつは優しいから。俺は如何したいのだろう。如何して欲しいのだろう。きっと荒く醜く、殺して欲しいのだろう。
 先生、今度はそう口を動かした。其れが銀時に伝わったようで、奴は眉間に皺を深く刻み、瞳を閉じた。泣きそうな顔だった。其の紅は暗闇の中でひときわ妖艶に輝く。其の美しい蘇芳が欲しいと思った。俺の色にしたい。そして手に入れた其れを、憎き天人共に浴びせるのだ。其れはまるで血のように。そういえば、あいつらの血の色は、


 思考を海の底まで深く巡らせたところで、己のあまりの醜さに思わず眼を閉じる。目の前の少年は微かな呼吸を繰り返していた。
 そしてまた、目蓋を開く。世界は何も変わらない。俺に秘められた確かな紅が激しく燃え上がり牙を剥く。



(たすけて)



 ・・・うう、と向こうで誰かの呻き声が聞こえた。寝言だろうか、泣いているのだろうか。掠れたような声がまた聞こえ、ああ、ヅラだと声の主を探り当てる。俺は冷たい身体を起こしてそいつの元へ向かった。