二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 銀魂 * 我が愛しのロクデナシ ( No.58 )
- 日時: 2011/04/10 00:01
- 名前: 燕 (ID: /kFpnDhT)
Shall we die?
江戸に着いた日、俺達が故郷を捨てた日の詳細な様子など覚えていない。
俺達は既に本当は誰も望まなかった盟約を不敵な笑みさえ浮かべて成立させていたのだ。あれから幾つか季節は流れたが、悪童の名と姿は容赦なく廃棄され(それも不完全であったのだが)、代わりに鬼にも狂人にもなれなくなった偽者の未来が其の色を強めた。笑えることに、俺たちは其れを怖れていた。
「高杉。天人を斬りに行こう。———銀時には内緒で、だ」
江戸について初めての夜、桂がこっそりと訪ねてきた。高杉、と呼ぶか呼ばないかのうちに、俺は手を引かれ街に連れられる。
「・・・・・・先生は、」
全部好きだったのかもしれない。何時かの日、桂が鈍く顔を歪ませて俺に語りかけた。
「俺たちが、先生の全てを好きだったように。みんな、みんな」
其の声には悲痛の色しか塗られていなかった。純粋に澄んだ、群青色。
先生は萩だけを愛していればよかったのに、そう言って桂は泣いた。
俺は其の背中をさすりながら、そうやって泣けばよかったのかと虚ろに思った。先生はもういない。俺たちには夜しか残されていない。
桂の色、其の群青に、今街は溺れている。
桂は腰に差して刀を抜き、其れにゆっくりと手を這わした。行燈をかざすと、鐔に刻み込まれているはずの家紋が剥ぎ取られていることに気がつく。酷い有様だった。つい先日までは桂家の家宝であったはずの刀はその辺に転がる小刀で乱暴に家紋を削られて、桂の腰にある。
桂の視線が行燈越しに俺の刀に注がれていたので、刀を見せる代わりに鐔に指を押し付けた。ぷつりという音を立てて乱れた鐔の屑が指に穴を開けた。
「ほら、」
と其の指を桂に差し出すと、奴ははぷくりと珠になった血を愛おしそうに舐めて了承の意を示す。
気味が悪いとは思わなかった。不気味さで言えば、わずか一年ほどで表層だけを残して何か別のものを飲み込んでしまった江戸という街だ。
先生。もう俺達には何もないよ。
桂の人選は確かに的確だった。一人ぐらい斬られても幕府に怒鳴り込むまでの影響力を持たず、それでいて異常な再生能力を持つとかいう身体的特殊性がない種族だけをうまく選んでいる。その上決行に都合のいい場所を挙げ、死体を捨てられる水路までの距離を全て調べ上げている。恐らくわかる範囲だろうが、地図には何族が大体何人で何処を動くかまで細かく書き加えられていた。
行燈をゆらゆらと揺らした。俺は桂の後ろで瞬きひとつせずに鈍い光を放っている。
ひた、ひた、と此方に歩いてくる天人に、桂もじりじりと距離を詰めてゆく。標的は不審に思っている様子はなかった。が、次の刹那、桂が動いた。身を翻して、抜いた剣を振り翳す。
敵は其の剣を間一髪でかわし、驚きの色が其の醜い眼を染めた。
「先生を、返せ」
桂の声が、自分の心のうちの声と重なる。
天人は拳銃を握り、桂に向けた。放たれた弾丸は桂の脇腹を少しだけ掠めた。血は出ていない。俺は体制をかがめ、一気に神経を中心に集める。あたりの空気を吸い込んで、体温に溶かして、呼吸を整えて。
天人が桂の腹に肘鉄を入れた其の瞬間、俺は走り、そいつの手に握られた拳銃を力ずくで奪い取った。
「なっ・・・・・・!」
もうひとり!と呻くように叫んだ天人は、苦しそうに胃液を吐き出した桂と俺を交互に見て舌打ちをひとつ。桂は其の顔を、にやりと歪ませた。俺はぞくりと寒気を感じた。心底嬉しそうに、心底哀しそうに、艶やかに笑む其の口元に。
俺はすばやく剣を抜いて我武者羅に世界を切り裂いた。其の刃は天人の腹に深く刻まれる。奴が吹き飛んで、俺は涙眼で叫ぶ。
「子供二人も相手に出来ねぇくせに、なんで俺達の国に来た!!?」
喉に血反吐が競りあがる感覚。
「お前達のせいだ!全部!弱いくせに、先生を返せ!!」
桂も叫んだ。俺も喚いた。もうどちらの声が各々の心を満たしているのか、何も解らぬまま。其のちっぽけな魂の中に、あの銀色が浮かんだ。俺の眼から止め処なく無色透明の液体が流れ出した。
そして、俺たちが失くした愛しい人を脳裏に描いて。
「俺達の故郷を返せ!!」
「先生のいる日常を返せっ!!」
「江戸を今すぐ元通りにして返せっ!!!」
「先生がいて、皆で笑っているはずだった俺達の未来を返せええぇ!!!!」
ガンガンと頭に鈍い痛みが走る。叫び続けた喉が悲鳴を押し殺して更に痛む。助けてとあいつの名を呼びたい。怖い。憎い。涙だけが流れ出して、俺たちは泣きながら必死に走った。