二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 銀魂 * 我が愛しのロクデナシ ( No.60 )
- 日時: 2011/04/11 20:33
- 名前: 燕 (ID: /kFpnDhT)
悠久の愛を頂戴
しとしとと静かな雨の降る日だった。
夜明け前の道場は静まり返っていた。廊下を歩く音が何時もより大きく響く。煙草の味を覚えばかりのまだ幼い身体はゆらゆらと行き場を探すように彷徨っている。
ゆるやかに天に上がる紫煙と恐ろしいほどに暗い空。
「あら、十四郎さん?」
虚ろな俺に向けられた、聞きなれた明るい声が飛んできた。
「・・・・・・、おう」
「煙草ですか?お体に悪いですよ」
「いいんだよ。俺ァ外道だからよ、どうせ長生きなんぞできねえんだ」
溜息混じりで放った俺の言葉を聞き、其の女はくすりと笑みを零す。俺の嫌いな其の笑顔。俺が憧れた其の笑顔。
「お侍様の考えることは良くわかりませんね」
決して貶している訳でも蔑んでいる訳でもない、只純粋な笑み。其れは奴の弟の其れに似ているのだ。性格こそ正反対なふたりだが、見せる顔は瓜二つだ。総悟は其の顔を隠すように罵りの文句を吐くだけだ。
「其れは兎も角、こんな時間にお散歩です?」
「まァな。・・・手前は」
「わたしは夜が好きなんです。お星様は綺麗だし、何処か神秘的で・・・今日は生憎のお天気だけど、其れさえ美しいでしょう」
「そうか?雨の日は憂鬱だがな」
「ふふ、十四郎さんは素直なお人ですから。わたしは歪んでいるので、歪んだ世界が愛おしいんですよ」
俺は其の声に答えを紡ぐことが出来なかった。何処が歪んでいるのだろう、此の綺麗なだけの女の。歪んでいるとすれば自分の方だと思った。何もかも。
「・・・・・・・・・、十四郎さん」
変わらぬ笑みを、女は振りまく。相変わらずの美しい笑顔。
「わたしはきっと貴方よりも早く天に召すでしょうから、」
女は其処で文章を区切って少しだけ俯いた。短めに切られた髪の毛がさらりと落ちる。伏せた眼と長い睫。
「わたしに恋をさせてくれませんか」
雨の音さえ掻き消されそうになった。其の優しい声に。
「————俺じゃ役不足だろう」
「・・・そうでしょうね」
女はそう言ってまた笑う。小生意気なあの少年と、其れは其れは良く似た笑顔だった。
「・・・・・・お前、明日には帰るのか?」
「ええ、其のつもりで。十四郎さんの顔を見てると帰りたくなくなってしまうわ」
「総悟も悲しむだろうな」
愛を振りまくだけ振りまいて何時も勝手に消えてゆく此の女を、皆慈しみの気持ちを込めて迎えは送る。総悟は女の前では何時でも気持ち悪いほどに素直だ。其れは決して猫を被っている訳でなく、其れが彼の本当の姿なのだ。否、姉に対する愛情が其のまま人になったような、まあ兎に角よくわからない少年なのだ、あいつは。
雨のにおいが揺る風に運ばれて鼻腔をくすぐる。
「わたしは誰かを愛することができるのかしら」
其の問いは憂いを秘めていた。だけど、俺には女を愛す資格なんてないから。
「心配すんな、世界は広い」
其のときは此処に来ればいいだとか俺の傍にいろだとか、そんなことさえ言えない。
「・・・・・・愛が解らなくなったら?」
「総悟に会ってやれ」
「・・・・・・・・・全てが厭になったら?」
「そん時ァ、泣けばいい」
「貴方への愛に気付いたら?」
「・・・そん時ァ、全てを捨てて此処に来い」
雨音と鼓動が重なる。近づいていく其の距離を、俺は拒めない。
ミツバは俺の身体に半ばぶつかるように抱きついた。
「・・・もうとっくに、捨ててますよ」
其の声は掠れていた。酷く痛々しい声だった。
「其れでも、貴方はわたしを捨てるのでしょう」
笑っているのか泣いているのか、顔が見えないので定かではないが、狂ったような声だった。
「其れでも、貴方を愛おしく思うの。だってわたしは歪んでいるから」
結局のところ、俺も此処で剣術を学ぶ皆も、此の女の創った歪な世界の中で愛を探しているのだ。
手に持っていた煙草の先から、灰がぽろりと崩れ落ちた。
「十四郎さん、貴方を愛しています」
悠久の愛をわたしに頂戴、と、俺の身体から離れたミツバが無邪気な顔で笑った。俺はふっと冷酷な笑みで其れを跳ね除けるのだ。