二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 銀魂 * 我が愛しのロクデナシ ( No.63 )
日時: 2011/04/21 23:05
名前: 燕 (ID: /kFpnDhT)


 欲望に塗れたイヴのように。恋心を抱いた人魚のように。ゆらゆらと虚ろに揺れる感情を何とか立ち上がらせ、這うようにずるずると死体と血で溢れかえった大地を歩んだ。仲間とともに驚くほど静かに歩めば、前方に人影が見えた。血を纏う黒い影。
 坂本辰馬の噂は俺たちの元まで届いていた。仲間をひとり残らず奪われて尚、強く戦場に生きるもの。其の男は逞しく、激しく暴れているようで何処かに一本の芯を持っていた。
 ぽたり、と奴の頬を伝って顎から血が滴った。そいつは俺の姿を見つけるなり無理矢理の笑みを作った。




 はじまりの日




「わしの隊は全滅したきに」

 そう笑って言う坂本に、隣で桂は苦い顔をした。高杉はジッと坂本の目を見つめているようだった。俺は俯いた。坂本の笑顔は此の戦の場では酷く明るく、だからこそ酷く残酷なものだった。

「わしァ一人生き残った意味をずっと考えちょった。わしに出来ることっちゅーのをずっと考えちょったぜよ」
 仲間が次々と死に逝くなか、ひとり剣を振り翳す理由を。
「———日本の夜明けを此の眼で見るまで、死ぬわけにはいかんちゅーことかって、此の間気付いた。・・・・・・江戸は間違いなく此の国の中心じゃ。此処で勝ち続ければ必ず風向きは変わるぜよ」

 弱腰の幕府とて攘夷志士の活躍に希望を見出し方針を変えるかもしれない。風向きが変われば世の中も変わっていく。天人の立場とて同様だ。其れを現実とする為には、国の中心である江戸で功績を挙げることに意味があると坂本は結論付けた。全ては亡き仲間達との誓いの為だ。志半ばに死んでいった仲間達と夢見た日本の夜明けを、生き残った彼が受け継ぐのは当然のこと。だからこそ坂本は江戸に赴くことを決めた。桂たちの一軍に加わろうと考えたのは彼等が負けなしの戦を続け、日本の夜明けに貢献する強大な力を秘めているからという一点に過ぎないが。

「成程な。事情は承知した」

 桂は小さく頷き、やがて視線を同席する俺と高杉に向ける。其の視線は何かの言葉を求めているようだった。
 終始無言を貫いていた二人だが、決して適当な気持ちで同席しているわけではない。背中を預けて戦うのだ。生半可な気持ちで志願してきた者を仲間にする気は毛頭にない。彼等は見定めていたのだ。共に戦おうとしている者の覚悟を静かに見定めていた。

「志願してきた奴等の中にゃァ正直使えなさそうな奴が何人か居たがこいつァ悪くねーかもな」
「同意。俺も良いと思うぜ」
 高杉の言葉に俺は強く頷いた。

 坂本は、まっことありがたいのー、と愉快に大口開けて笑った。哀しい笑みだと俺は思った。だけど何故だか熱の伝わる其の笑みに、俺もつられて笑った。


「——いいか。俺たちァ、死んだって負けねえ。俺たちァ、仲間だ」

「・・・ああ」

 高杉のたくさんの熱い想いを籠めて、ゆっくりと強く言い聞かせるように言った。
 三人、其れに静かに頷く。

「生きんだぞ」
「ああ」

 よし、と桂が心底嬉しそうに笑った。坂本も其の愉快に吊り上げた口の端を更に歪ませた。


「行こう」


 俺の其の声が、あの頃の想い出を救い上げてもう一度曇天へと放たれる。久坂の、入江の、他の皆の。此の剣に其の想い出を詰め込んで。そして、俺たちが失ったあの人の温もりを抱き、もう一度羽ばたく。終わりではなく、始まりのときが幕開けた。

 四つの拳が静かに交じり合い、微かに浮かべた笑みとともに疾り出す。

 其れは、俺がまだ白夜叉になる前の、幼き記憶。