二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re:   Pure love 君とずっと君と  (テニプリ)  ( No.102 )
日時: 2011/05/04 20:48
名前: 扉 ◆A2rpxnFQ.g (ID: ycpBp.uF)
参照: 知らなくても良いこと。此の世はそればっかりじゃ。

015



 病室のドアが開いた。

「あ、ブン太。赤也いた??」

 幸村精市は穏やかな声で言う。
 そんな彼の声とは裏腹に、入ってきた丸井ブン太は早々と身支度を始めた。彼の問いに答えることはなく、ただ震える手に勘づかれないように、誰とも目を合わさない。ラケットバックを手に取り、買ってきたお菓子の袋もちゃっかり手に取った。

「ちょっとブン太さん、それ棗の何ですけどっ」

 棗が急いでそれに反抗する。すると驚いたことに、あっさり手を離し、ブン太は菓子を棗に譲った。これには棗も驚いて、思わず目を丸くした。

「ブン太??」

 思わず名前を呼ぶが、ブン太は別の世界にいるような瞳だった。

「ちょ、丸井先輩?! 待ってくださいよっ」

 ブン太の後、すぐに病室に飛び込んできた赤也は、先程から様子のおかしい彼の肩を掴むが、彼は何の反応も示さない。
 赤也は思わず幸村の表情を窺う。その表情は、どうしようもなく寂しそうに悲しそうに、眉をさげていた。幸村のこんな表情は、初めてだ———

「……幸、村部長??」

 よく見ると、真田も柳も柳生もジャッカルも、仁王でさえも口を閉じ俯いて、誰も言葉を発しようとしない。棗も、何かを知っているようだ。病室から出て行ってしまった。

「棗先輩?!」

 そして何より、見たことも無いくらい悲しげだ。

「先輩たちも、どうかしたんスか??」

 自分だけが取り残されている。赤也は焦ったように誰とわ言わず問いかけた。答える者は、ない。

「皆、変ッス」

 赤也は、力なく言った。
 ブン太は赤也の頭にポン、と手を乗せる。

「悪いな赤也。また、な」
「ちょ、先輩っ 待ってくださ————————————」

 赤也の言葉を遮ったのは、仁王の腕だった。彼らしくもなく、首を横に振り、“止めろ”と伝える。
 黙って病室を後にするブン太の背中を見つめながら、仁王は赤也に言う。

「立ち入れない場所が、あるんじゃよ。誰にだって、な」

 仁王の言葉は何時になく真剣で、赤也の胸に強く刺さる。

「これが、俺たちに言えるギリギリじゃ」

 赤也は幸村に向き直った。

「ねぇ、赤也」
「……何スか」

 幸村は、辛うじて微笑んでいた。


「何があったか、教えてくれるかな———」


 いつの間にか、廊下に響いていたブン太の足音は消えていた。


——————


 一部始終を見ていた人物がいた。


(どういうことだ??)


 理解できない。

(美波と、あれは…… 立海の丸井)

 何があったというのだ。 
 一体、どれ程の時間、立ちつくしていただろうか。美波は何処かへ消えてしまい、ブン太と赤也は、恐らく幸村の病室に戻っただろう。
 跡部は、ブン太たちを引き留めることはおろか、走っていった美波を追いかけることもできなかった。ただ、見ていただけ。売店の前の廊下で柄にもなく影から、この状況を、見ていただけに過ぎないのだ。 

 所詮は、蚊帳の外の人間なのだ。

 今まで、自分の目の前で起こる全ての事象を把握してきた王[キング]にとって、認めたくない事ではあるが、認めざるを得ない。何も把握できていないどころか、混乱までしてしまっている。病室で感じた感覚と、全く同じだ。自分の知っている人間が、自分の知らないところで動いている。嫌な感覚。
 もう二度と味わうことなどないはずだったのに。
 此処が病院であることも忘れ、苛立ちに身を任せ壁に拳を打ち付ける。痛みと共に、大きな音が響いた。幸か不幸か、売店の店主もナースも、誰一人として近くにはおらず、跡部の感情は病身の静けさに呑まれていった。
 だが、1人。異変に気がつき、此方を見つめている少年が居た。

「お前、跡部か??」

 大きな音に反応し、驚いた表情で立ちつくしている。赤い髪を揺らし、ガムを膨らませていた。

「てめぇは、」

 見覚えのある、少年。今跡部が、1番話したいと思っていた男だ。

「珍しいじゃん?? こんな処で。何やってんだよぃ」

 いつもの余裕のない跡部に対し、いつも以上に飄々と話すのは丸井ブン太。まるで、先程の事など無かった事のように。

「おい??」

 未だに言葉を発しない跡部に、ブン太は首を傾げた。

「……てめぇは、アイツの何だ」
「は??」
「答えろ。お前は一体、アイツの何だ」

 やっぱり、言葉が足りない。跡部は必要最低限の言葉でブン太に尋ねる。アイツ、というだけで、理解できるとでも思っているのだろうか。
 ブン太は首を傾げたまま硬直していた。1つ、変わった事と言えば、少しだけ表情が険しくなったということか。跡部の言葉の意味が、理解出来たらしい。

「……それ、絶対答えなきゃなんねぇ??」

 ブン太はさっきとは打って変わって、冷めた目をしている。

「俺様の命令だ」
「ったく。そーゆーのは氷帝の奴らだけにしてくれよぃ」
「煩せぇ、答えろ」

 仕方ない、と言わんばかりにため息を付いた。だが、表情はというと、依然冷酷な瞳のままだ。
 跡部は、しっかりとブン太を見つめる。

「んじゃ、俺からも質問がある。答えろぃ」

 普段のブン太をそれほど知っている訳ではないが、跡部は何か違和感を感じていた。何か、おかしい。

「お前の質問に答えるのは、それからだせ」
「言ってみろ」

 ブン太は、小さく息を吐く。


「なぁ、跡部——————————」


 跡部は何故か、身構えるように彼の言葉を待った。




「お前は、さ」




 悲しげな瞳。
 妙にゆっくりとした口調で、彼は言葉を綴り始めた———。