二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re:   Pure love 君とずっと君と  (テニプリ)  ( No.108 )
日時: 2011/05/22 15:38
名前: 扉 ◆A2rpxnFQ.g (ID: V26UOF89)
参照: 残酷だ。彼女の笑顔は、残酷だ。

016



 窓の外はもう、日が落ち暗くなっている。それもそのはずだ。部活を終えて、彼らが此処に来たのは夕方。それから、随分と時間が経ったものだ。時刻は7時を回り、面会時間もどんどん残り少なくなっていく。
 如月棗は、休憩所に1人の少女の姿を見つけ、声を掛けた。
 顔を見ずとも、声を聞かずとも、彼女の心の内が手に取るように解る。それは、単なる気のせいに過ぎないのかもしれないが。少なくとも、彼女の背中が震えているのは、確かな事だ。

「……、美波」

 棗の声に、少女はビクッと肩を振るわせた。そして、振り向く。

「棗ちゃん!!」
「久しぶり」

 あぁ、やっぱり、笑ってた。

「何で此処に……っ」

 美波は彼女の突然の出現に、驚きを隠せず眼を見開く。だが、頭で理解するよりも先に、身体が動いた。
 棗は、安心半分呆れ半分のため息を付いたが、それでも無邪気に笑って此方に抱きついてくる美波を見て、思わず微笑んだ。そして、片手で自分より少しだけ小さい美波の頭を撫でる。
 久しぶりの再開に、美波は喜びを隠せない。

「ほんとに、久しぶり、だね」
「美波が、“そっち”に行って以来、だもんね」
「そうだね」

 2人は、幼なじみである。幼稚園時代からの付き合いであり、同じ立海大附属の生徒だった。棗は美波の事情[コト]をよく理解している数少ない人物の1人でもある。そんな彼女に、美波は絶大な信頼と好意を寄せているのだ。
 美波が氷帝に転校して以来、顔を合わせることはなかった。というのも、美波が意図的に、立海との対面を避けていたからだ。

「……その、色々、ごめん」

 突然の再開を喜んでしまったが、ふと今までの自分と今の状況に気がつく。美波は小さく俯いた。

「もーいーよ。そっちも大変だったでしょ。 隼人くん、元気してんの??」
「まぁ、ね。元気といえば、元気かなぁ」
「此処に居るって事は、また入院してんだ」
「うん。いつも通り、普通なんだけど」

 冗談っぽく笑う美波に吊られ、棗は旨く上がらない頬を無理矢理上げて、笑顔を作った。恐らく、おそらくは美波も、本心からの笑いではないだろうけれど。
 小さく息を呑んだ。これから自分の言う言葉にも、美波は今のように答えてくれるだろうか。
 

「……元おじさん、は?」


 おそるおそる、名前を出した。目の前の少女の目を、顔を、まともに見られない。
 しかし、そんな棗とは裏腹に、美波は笑っていた。

「美波、」
「お父さんは、アメリカだよ」
「え?」

 美波はヘラっと笑って言う。

「テニス、してるよ」

 美波は幼い頃見た、父親を思い出す。顔がぼやけて、正確に思い出せない。

「美波」

 少しだけ、棗の声のトーンが下がった。表情を見れば、棗の言いたいことくらいすぐに解った。

「大丈夫だよ」

 美波は空かさず、自分で自分をフォローする。こんなものでは、棗が納得いかないことくらいは理解している。だけど、心配を掛けたくない。

「……」

 美波の表情を窺った。大丈夫というのだから、信じてやるべきだ。棗は、自分にそう言い聞かせる。棗はもう1つ、彼女に言いたいことがある。“彼”の事を、使えなければ。
 言葉を紡ごうとしたその時、美波によって遮られた。


「ねぇ、棗ちゃん。頼みたいことがあるの」


 皆、の顔を美波は1人ずつ脳裏に浮かべる。最後に、たった1人の、大切な人———

「あの人に、“ごめん”って、言っておいて??」

 美波は小さく言う。
 何に対しての懺悔なのか。棗は願った。願わくば、彼女の懺悔が彼女の“過去”に対しての物でありますように、と。


「手、叩いちゃったの。痛そうだった。思いっきりこう、パチン、てやっちゃったからさ。だから、謝っておいて欲しいの」


 棗は、何かを砕かれたような気持ちになった。


——————


「なぁ、跡部。 お前はさ、美波の何になりてぇんだよ??」


 丸井ブン太は、小さく言った。少しだけ、口角を上げながら。最も、その微笑みは、決して楽しそうなものではないのだが。

「……どういう、意味だ」
「まぁ、聞けって」

 跡部はブン太の言動の意図が理解できず、苛立ち始まる。
 そんな跡部に、ブン太は落ち着けるように言葉を紡ぎ始めた。

「アイツ、テニス部のマネージャーとかやってんだろぃ?? んで、お前と、四六時中一緒にいんだろ??」
「そうだ。莫迦で抜けてて、手の掛かる野郎だぜ」
「……昔からだ」

 ブン太は、何処か遠くを見るような瞳になった。おそらく、自分の思い出でも振り返っているのだろう。
 跡部の見たところ、美波とブン太は、随分深く関わりがあるようだ。割と昔から、美波と関わりのある跡部ですら知らない、美波の“過去”を、ブン太は知っているように思える。それが何なのか、話すつもりは毛ほども無さそうだが。
 ブン太は逸れた話を元に戻そうと、再び跡部に視線を戻した。



「答えろぃ、跡部。 お前は、何になりたい??」 



 考えたこともない。
 跡部は、自らの脳裏に、少女を浮かばせる。




“けーごくん、”
“どうして、ないてるの??”




 いつもとなりで、笑っていてくれる————
 ただそれだけで、救われた。それだけで、また立ち上がろうと思えた。どこまで堕ちようと、彼女は笑っていてくれた。
 だから、勝とうと思えた。



「俺は———————————」 



 あの笑顔を、崩したくはない。