二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: Pure love 君とずっと君と (テニプリ) ( No.135 )
- 日時: 2011/07/17 01:17
- 名前: 扉 (ID: V26UOF89)
- 参照: 泣いてる君と、笑う私。
019
折れたラケットなんて、何度でも買い直せる。特別思い入れのあるものでもない。だから、ラケット折られたって、大して悲しくない無い。
この涙はきっと、情けなくて流れるんだ。悔しくて流れるんだ。
どうして俺は、勝てない??
「まぁた、泣いてる」
目の前に広がるのはテニスコート。跡部と美波が、初めて逢った場所である。数分前まで、数人のイギリス人の少年が横暴な行動を取りながら、テニスをしていた。
拳を握って、何処かへ打ち付けようとした、その時だった。
後ろから、聞き慣れた間抜けな声が聞こえた。いつも甘いお菓子の香と共に、笑顔で近づいてくる。手には、チョコレートを持っているだろう。
急いで目に腕を当て、零れだしていた涙を拭う。そんな事したって、彼女にはバレバレで、赤くなった目は誤魔化せないので、意味はあまりないのだが。濡れた頬のまま、彼女と顔を合わすのはどうしても嫌だ。
跡部景吾が振り返ると、やっぱり笑顔があった。
「はい。あげる」
差し出されたのは、やっぱりチョコレート。
彼の涙が見えていたのにも関わらず、何の躊躇いもなく話しかけ、隣へ座る。泣き顔を見られたくない、という相手の気持ちは無視らしい。
「……んな安物、喰えるかよ」
「えぇっ」
そっぽを向いて答える。
美波はショックを受けたように、声を上げるが、引き下がる様子もなく。美波は跡部の手のひらに無理矢理チョコを入れた。
「いらねぇっつてんだろーが」
「おいしいよ??」
まるで人の話を聞かない彼女に負かされ、不本意ながら跡部は口にチョコを入れた。確かに甘くて、美味しいといえば美味しい。
美波はテニスコートを眺めながら、鼻歌を歌っている。そして、跡部がチョコを口にしたのを見て、ニィっと口角を上げて喋り始めた。
「おいしいでしょ??」
「まぁまぁ、だな」
「景吾クン、そーゆぅときは素直に御礼を言うものだよ」
「随分なこと言うじゃねぇか」
なんだか、8歳とは思えない…というより、その7年後、中学3年生となった彼らの会話と大差ない、口喧嘩のような遣り取りを続ける、美波と跡部。いつの間にか、跡部の頬から涙のあとは消えていた。
思えば、美波の役目のようなものになっていたのだ。ふたりのどちらから言い始めたモノではないし、美波自身が意識した物でもない。だけれど、跡部は確実に、美波の存在に助けられていた。隣で、脳天気に無邪気に、笑顔を振りまく幼い少女。そんな彼女を視ると、悩むのも馬鹿らしくなるのだ。
だが——— だからこそ、幼いながらに、跡部景吾は恐れていた。
美波がいなくなってしまうのを———
「……お前、何時までこっちにいるつもりだ」
今まで1度もしたことの無かった質問だ。
「え?」
「だから、お前は日本に住んでるんだろ?? 何時帰るんだ」
美波はまだ、きょとんとしたまま。無知な少女に向かって、ココロの中で、跡部は舌打ちをした。
「んっとね、」
美波は一生懸命考えている、というような表情で、言葉を綴り始める。
「まだ、もう少しいるかな」
そんな台詞に、安心した自分がいることに、幼い少年は気がつかない。
「おじいちゃんにもまだ会えてないし。おとうさんも、帰ってきてないし…… おかあさんも、なんだか忙しそうなの。だから、まだきっと帰れない」
隣で無邪気に笑っていた少女の言葉とは、思えなかった。
跡部は目を見開いて、言葉を失う。
簡単な言葉だったが、幼くも鋭い跡部の“カン”は、何となく美波の事情を悟り始めた。
祖父、父、母。何らかの理由で、大人達の事情で、彼女は住み慣れた日本から遠く離れた異国の地で、こうして1人で彷徨いているのだ。遊んでくれる父も母も、溺愛してくれる祖父もいない。
———それはなんだか、自分と似ていた。
「おにいちゃんがね、いるの。もう病院から帰って来られるはずだから、日本に帰らなきゃいけないのに」
美波は小さく呟いた。
「お土産たくさんよういしてあるんだ。おにいちゃんだけじゃなくて、幼なじみがいるの。ふたり」
自分の周りの人間を、一人一人思い浮かべながら、少女は語り続ける。
「そうか」
そうとしか言い様のない跡部は、何処か寂しさを覚えながら言った。
そこには、自分の知らない美波がいる気がした。上手く、美波の顔が視れない。
「今度、景吾にも紹介するねっ きっと、仲良くなれるよ!!」
今度っているだよ、なんてツッコミたくなったが、跡部は言葉を呑み込む。
そうしているうちに日が暮れ、テニスコートはだんだんと薄暗くなっていった。
——————
「元くん」
亜麻色の長い髪を一つに束ねた女性が、電話の向こうの人物に語りかける。
[花、ごめんな…??]
「ううん。良いの。玄海さんだって、きっと解ってくれるよ」
[どうだろうな。頑固だから。認めないって言ったものは、何があっても認めないさ]
「そんなこと言わないの。私は元くんがテニスしてるところが見たい」
女性はそう言い切る。。受話器の向こうで、男が微笑むのが解った。
[ありがとう、]
男は続けた。
[花、俺は絶対に南次郎に勝つ。そしてら、お前と隼人と、美波の処へ戻るから]
女性、花は知っていた。その決意に、嘘はないということを。
男、元は必ず、自分たちの元へ帰ってきてくれる、と、信じていた。
永遠に叶わぬ夢となることは、誰も知らない。