二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: Pure love 君とずっと君と (テニプリ) ( No.143 )
- 日時: 2011/07/31 13:54
- 名前: 扉 (ID: ByQjFP4v)
- 参照: 君のためにできること。
番外編* 4時間目の使い方
「ねぇねぇ、」
「……」
「ねぇーっ」
「……」
「ねぇったら、ちょっと!! 聞いてる?!」
“尻尾”を強引に引っ張られ、銀髪の少年は後ろへ仰け反る。太陽の光を思い切り受け、彼は顔を顰めた。
「にーおーうー」
彼がしかめっ面なのに、気がついているのかいないのか、少女は構わず彼の髪を引っ張り続けた。
「やめんしゃい、棗。ほどける」
「良いじゃん?? いっそほどけば?? 男なんだし」
「どういう理屈じゃ……」
呆れた表情で仰け反った身体を起こし、棗に向き直るのは立海大附属中3年、テニス部の道化師……いや、“コート上詐欺師”こと仁王雅治だ。4時間目が炎天下の下持久走をすると聞いた彼は、めんどくささのあまり、屋上へ逃げ込んだというわけだ。すると、全く同じ考えの少女に鉢合わせたらしい。
炎天下の屋上は、さすがに気温が高いが、仁王は涼しいところを見つけるのは猫並に得意であるから、問題ない。いつもの指定席である日陰に腰掛ける。いつもは1人きりの貸し切り状態のその場所は、寝そべってお菓子を広げる1人の少女により半分以上占拠されてしまい、窮屈といえば窮屈だ。ため息を付くほどではないが、いつも通りリラックスは出来ないな、とらしくないことを考えたりした。
「で?? 何じゃ、」
「ん、あぁ、んー… 何でもない、かも」
「なんじゃそら」
「別にー」
少女、如月棗がここに来るのは、別に今日が初めてというわけではない。というか、ここ最近はいないことの方が珍しい。昼休みは仁王よりも先に此処にいるし、4時間目にこうしてサボっていることもしばしばある。特に理由は聞かないし、そんな気にもならない。大方、自分と同じ、“怠い”といった感情だろう。
仁王は棗が食べているお菓子をつまんだ。文句を言われなかったので、続けて2本目のポッキーを囓る。
「おいしいでしょ、新発売なんだ」
「ほぉ」
「ジャッカルがどうしても棗におごってやりたいっていうからさーぁ」
「可愛そうにのぅ、ジャッカル。感謝するぜよ」
火を見るより明らかな、棗とジャッカルの買い物。たくさんのお菓子を抱えるジャッカルと、その前を楽しそうに音楽を聴きながら歩く棗。
ふと気をグラウンドに向ける。女子達の黄色い声が飛び交っている。どうやら持久走が始まったようで、女子生徒がブン太が走るというのではりきっているのだろう。仁王がサボった理由は、それが面倒だからというのもある。一々女子に笑顔を振りまく気など皆目無い。
棗も黄色い声を鬱陶しく思った故、ここに来ているという訳。
「あ、課題っ やってるでしょ、柳生とかに、見せてもらってんしょ??」
棗はハッとしたように、寝そべった体勢から、座っている脳のシャツの裾を引っ張る。あまりに強かったから、気を抜いていた仁王はまた仰け反りそうになった。
「数学か?? 英語か??」
「どっちもかなぁ 昨日はすぐに寝ちゃったからー」
「おいおい…」
やれやれ、と肩を落としながら仁王はため息をつく。
棗は立ち上がり、寝そべっていたため折れたスカートを伸ばした。短めの彼女のスカートは膝上10㎝といった処か。細い彼女だからこそ、見苦しさのない清楚な雰囲気さえ漂う。そして、常人よりも長い彼女のYシャツ。袖からは白い指が見え隠れしている。この暑い中、物好きな格好をしているものだ。
「……何?? そんなジロジロ見て。そんなに棗が気になりますか??」
巫山戯たことをサラッという。巫山戯た、といううよりも恥ずかしいことと言った方が適当か。
「で、ノートどこ」
「……机の中」
「じゃ、ちょっと取ってくる」
「まだ良いとは言っとらんぜよ」
仁王はニヤリと笑ってそう言う。その表情は、なにか企んでいるときや意地悪を思いついたときのそれだ。
「……」
棗は教室に向かいかけた足を止めて、仁王を振り返った。
「そんな表情[カオ]したって、駄目だよ。仁王がほんとは優しいの、棗は知ってますから」
ヒラヒラと、手を隠すほどの長い袖を振りながら、棗は屋上から出て行く。
仁王はただただ、予想外の言葉に固まっていた。
(動揺とは、らしくないのぅ。俺)
静かになった屋上で1人思う。
優しさを見せたことなど、ないはずだ。むしろ棗にはいつもいつも厳しいくらいの態度で当たっていたはず。甘やかしたことなどない。優しくしたことなどない。ただ向こうが勝手に、自分の領域へ踏み込んでくるのだ。当たり前のように土足で、大きな態度で。それを、拒まないだけだ。別に嫌じゃない、そう感じるだけだ。
そんな風に感じる人物がもう1人、この立海にいたのだが、彼女は既に此処にはいない。この学校中何処を探しても、あの幼さの残る彼女を見つけることは出来ない。
らしくないが、仁王は少しだけ寂しかった。彼女がいなくなることで、立海が、テニス部が、変わってしまう気がした。現に、ブン太がやたら空元気で、正直見ていられない。笑ってはいる、お菓子もいつも以上に食べる、女子の声援にも応える。だけど、ブン太の中は空っぽだろう。
棗だって、変わってしまうと思っていた。彼女といつも一緒にいた少女が消えることで、彼女も何処か壊れてしまうと、仁王は確信していた。
だが彼女は———
“仁王っ 課題見せてよっ”
いつも通り、“尻尾”を引っ張る。痛いくらい、強く強く。そんなふうにしなくたって、声が聞こえるだけでも振り返りそうになることを、彼女は知らないから。彼女は、いつも通りだった。変わらなかった。笑っていた。脳天気だった。泣かなかった。いつも隣にいるのだから、理由を訊けば良い物を、仁王はどうしても口を開くことが出来なかった。
棗の“いつも通り”は、彼女流の“空元気”だろうか。
それにしては、物臭さが増した気がする。面倒くさい、そう言うことが増えた、サボりが増えた。それに比例するように、ブン太は日に日にアクティブさが増す。少しずつだが、変化はあった。予想外の方向に。幸村も真田も柳も柳生もジャッカルも、少しばかり寂しそうに笑う。
少女、美波が立海から消えた。
それをきっかけに、変わらないようで変わっていく、自分を取り巻く世界。自分以外にも、たくさん詐欺師が存在するこの空間。
騙すばかりで本心を見せない癖に、他人が隠れてしまうのがどうしても怖い。辛いと云えば、辛い———
「におクン??」
あぁ、君にはどうか、昨日のままでいて欲しい。
「なつ、め」
「……どうしたの」
「どうもせんよ」
そう言った仁王の頬は、どうしてか濡れていた。
「大丈夫??」
「さぁの」
「……」
棗は、頬を静かに緩めた。
「優しいね、仁王」
そんな言葉が1番嫌いだ。だって、緩んだ涙腺を引き締めることが出来ない。
「私ね、美波が選んだ道なら、きっと大丈夫だと思ってる」
俺の心が読めるのか、と思わず言いたくなった口を締めた。
「だからね、変わらないでいようって。皆と、笑っていようって、いつもの私で、美波が帰ってくるの、待とうって」
変わるとか変わらないとか、微妙すぎて仁王には解らない。
「だから、そんな風に仁王が、4時間目の屋上で変わってしまいそうな私を止めてよ」
止めろ。頼むから。これ以上、泣きたくないから。
「ずっとこのまま、此処にいようよ」
滲んだ視界に、うっすらと彼女の笑顔が写り込んだ。
彼女も泣いているように見えたのは、気のせいだろうか。
*