二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re:   Pure love 君とずっと君と  (テニプリ)  ( No.154 )
日時: 2011/10/03 16:06
名前: 扉 ◆A2rpxnFQ.g (ID: ByQjFP4v)
参照: ごめんねなんて、悲しいだけだね。

 暑い暑い真夏のある日。

 英国へ、幼なじみが旅立った。どれくらいで帰って来るかは、決まってないらしい。
 おいおい、夏休み終わるだろぃ…。
 
 変なんだ。アイツんち。
 親父は、プロテニスプレイヤ−とかなんとか言って、一度も家に帰らずにアメリカでテニスに明け暮れてるんだぜ? そうかと思えば、今度は病院で入院してる兄貴置いて、母親は英国へ行くとか言い出したらしい。アイツ曰く、「お祖父様」に会うらしい。初めて許可がおりたらしい。じぃちゃん?じぃちゃんに会うのに、許可なんかいるのかよ? そう聞いたら、「さぁ」って言われた。
 変なんだ。少なくとも、俺とは違う。俺んちとは、全く違う。
 
 まぁ、でも、美波が俺の幼なじみで、1番大切な友達ってのは、変わらないし。別にアイツの家が変なことは、何の支障にもならないから、良いんだけど。
 アイツも気にしてないみたいだから、構わないけど。

 空港でだって、これから会えなくなるってのに、アイツはニコニコ笑ってやがった。いってくるね、お土産買うね、お手紙描くねって、笑いやがった。逆に俺が泣きそうになる。寂しくないのかよぃ。
 そんな俺を見て、棗は笑いやがった。俺の幼なじみの女には、ろくな奴がいねぇな。


 寒い寒い、冬のある日。

 英国の幼なじみが、帰ってきた。
 久しく手紙をよこさないから、苛々していた時だった。「来週帰ります」と、可愛らしい字で書いてある。日本語がつらつら並べてあるところを見ると、英語は全く身に付かなかったようだ。
 アイツらしい。
 きっと、アイツはまた笑顔で帰って来るんだろう。ニコニコ笑って、手にお土産でも抱えて走ってくる。俺と棗の手前で転けて、それでも笑うんだろう。

(帰ってくるの、楽しみだな)

 うっかり棗にそう言ったら、また笑われた。

 
 信じられなかった。
 空港で見つけた幼なじみは、俺を見るなり泣き付いてきた。
 泣き、ついた。
 泣いていた泣いていた泣いていた。見間違い?そんなはずない。泣いていたんだ。俺を見るなり、すぐに泣いた。
 誰だよ、誰だよ。誰だ。泣かせたの。
 コイツを泣かせたの、何処の何奴だ。
 
 因みに、美波は1人きりだった。
 涙の理由なんて、聞いても答えてはくれなかった。聞いてはいけないことがある、そんな言葉を、美波から教えて貰うとは思わなかった。


 俺は吃驚して、言葉が出なかった。
 同時に、悔しさと悲しさと、切なさがこみ上げた。
 
 もしかしたら、美波は、いつだって泣いていたのかもしれない。
 “アイツらしい”なんて、外側だけで。本当はこの涙を、奥の方に隠していたのかもしれない。押しつけられた笑顔の下で、美波は泣いていたのかも知れない。

 俺は決めた。


 もう、求めない。
 笑顔なんて、求めない。



——————



「……太、ブン、……————————————ブン太っ!!!!」

「うおわっ?!」


 耳元で叫ばれ、意識は急速にこちら側に戻ってくる。どうやら意識を失っていたらしく、視界と思考がぼんやりして、まだ状況がはっきりと掴めない。ただ理解出来たのは、いるはすのない少女が、目の前にいること。

「美波?! お前、何で…っ痛、」
「あ、動かさないで、足切ったみたいなの」
「え、あ…」

 自分の右足を見ると、痛々しく大きな傷が付いている。吃驚するほど血が出ていて、早く手当てしないと化膿してしまいそうだ。思わず、目で手を覆う。
 美波も戸惑いながら、ポケットから包帯を出して手当を試みた。

「ごめんね、こんなことになっちゃって、巻き込んじゃって…」

 その言葉に、ようやく理解が進んだ。
 崖から落ちたのだ。ふたりで一緒に、洞窟の詮索中に。

 青学を初めとする、全国大会で交流のあった強豪校で、強化合宿が行われていた。場所は、氷帝の榊が用意した、絶海の孤島。精神修養が目的らしく、半サバイバル状態での1週間を過ごすことになったのだ。
 そんな時に見つけた、得体の知れない洞窟。これは調べるしかない!と、意見が一致し、詮索することになったのだ。想定外だったのは、メンバーにお互いがいたこと。美波は宍戸に連れられ、訳も分からず参加したのらしい。ブン太は嬉しさ半分、戸惑い半分で、美波に話しかけるなんて出来なかった。
 そこで、美波が壁に寄りかかった刹那——— そこは崩れ始めた。
 すぐに美波は、崖の向こうへと消えた。
 1番遠くに立って、なるべく美波と目を合わさないようにしていたはずなのに、1番に反応したのはブン太だった。走り出したかと思えば、手を伸ばして、届かないと解れば一緒に飛び込んだ。ようやく掴んだ美波の手は、思っていたより小さくて、そして思っていたよりも強く握られた。


「俺のほうこそ、悪いな。結局助けてやれなくて」


 よく助かったよな、と軽い笑い声をあげた。

「ううん。ごめん、こんな怪我まで… 痛いよね」
「大したことねぇって!」
「でも、」

 俺たちってこんな会話しか出来なかったっけ?
 こんなふうに言葉探さないと、間が持たないような関係だっけ?
 あぁ、壊したのは、俺、か。

 マネージャー業も手慣れたモノで、美波は手際よく包帯を巻いた。クルクルクルクル、器用になったものだ。
 昔の美波、つまりはブン太と棗と、立海に通っていた頃の彼女からは想像もつかない手の動きで、跡部が仕付けたのがよく分かる。だが、やはり美波は美波で、止まらない血に焦って、思わずぎゅっと力を入れる。こちらが痛いのに、気がついていないようだ。

(痛ぇ)

 そうは思ったが、ブン太は何も言わなかった。静かに、美波を見つめる。
 柔らかな髪の毛、長い睫毛、白い肌に桃色に染まる唇。
 見慣れていたはずなのに、隣にあるのが当たり前だったはずなのに、今改めて見るそれらに、心を奪われる。
 こんなにも、懐かしく感じる。近くに美波がいることが、堪らなく嬉しい。不謹慎だが、ブン太は今の状況に少しだけ感謝する。こんなことでもなかったら、今身とは1度も口を効くことなく、合宿を終えていただろう。
 話したいのに伝えたいのに、触れたいのに。彼女はどこまでも擦りぬけて、掴めない。目すら合わせてくれない。

 あの日のことを謝りたいのに。
 “さっさと消えろ”なんて、嘘だって言いたいのに。
 本当の気持ちを、ちゃんと言いたいのに。

 喧嘩別れした、あの日の翌日から、美波は登校しなくなった。通学路でも1度も見なくて、彼女が買い物をする店にもいない。——しばらくして、転校したのだと聞かされた。
 急いで家に行ったが、美波の家は蛻の殻だった。
 どれ程悔やんだだろう。どれ程悲しんだだろう。空っぽになった自分を隠すために、どれだけ笑っただろう。
 そんな自分を見て、レギュラーたちは眉をさげた。


「痛ぇ……」


 痛いのは、治らない。痛いのは、足なんかじゃない。

「あ、あぁっ ごめん、力入れすぎ、た、ね……」

 美波は言葉を失った。まるで、空港でのブン太のように。

「ごめん、ごめ…… ———泣かないで、よ…」

 ブン太の頬を、止めどなく流れるしょっぽい雫。
 いつしか、美波の頬にも伝っていた。

「ごめん、ごめ、美波、ごめん、俺、」

 涙が流れる代わりに、その分言葉が途切れ途切れになる。
 伝えたいことがありすぎて、言葉がつまって、上手くいかない。


「俺、ごめん、俺あの日、本当は、ほんとは」


 ブン太は俯いて、乱暴に腕で涙を拭った。
 それでも、止まらず、何度も拭った。
 摩擦で、彼の目の下が赤くなる。それを見て、美波は慌てて止めた。

「止めて、止めて、ブン太、ごめん、悪いのは美波、だからっ ブン太のこといっぱい、傷、つけて…っ」

 しめったリストバンドを握って、美波は言う。
 ブン太を1人にした。隼人を1人にしないために、ブン太を犠牲にした。

 ———こんなにも寂しがりだって、知っていたくせに。



「ごめん、ごめんなさい、」



 ブン太は一生懸命首を振った。


「俺、俺が、ごめん、」


 どれだけ謝れば、俺たちはあの日に戻れる?



「俺、ほんとうは、」



 謝ったって、戻れない。




「一緒に、一緒にいたかった……っ」

 伝えなくちゃ。


*