二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re:   Pure love 君とずっと君と  (テニプリ)  ( No.98 )
日時: 2011/04/30 17:39
名前: 扉 ◆A2rpxnFQ.g (ID: ycpBp.uF)
参照: 逢えない逢いたくない、逢えない逢いたい。

014



「遅いな……」

 跡部が独り言を呟く。隼人が眠ってしまい、看護士を呼んで様子を見て貰っても、美波はまだ帰ってこない。花瓶を手に部屋から出て行って、もう30分が過ぎようとしていた。
 この30分、跡部にとっては相当長い時間に感じられたのだ。春名操緒の出現のせいで。
 目の前で、知らない会話が繰り広げられる不快。あんな物、知りたくなかった。苛立つのに、その苛立ちをぶつける相手は自分自身。何も知らない、無知で馬鹿な自分に苛立つ。なんという不快だろうか。もう二度と、感じたくない。
 跡部は、拳を握った。脳裏には、操緒の姿が過ぎる。


“妹さんのところへ———————————”


 操緒の言葉が、ふとリピートされた。

「まさか———」

 跡部は立ち上がり、病室の隅に立っていた樺地を振り返った。

「樺地っ 小南に付いていろっ」

 樺地に指示をし、返事をきく前に飛び出す。
 彼女に、悪魔の囁きが届いていないことを願いながら。


——————


「此処だよ。売店」

 美波は売店を指さす。
 夕方と言うこともあり、空いていて、もう少しで閉店時間が近づく売店。美波と赤也以外に、利用者はいないようだ。

「おぉ、こんなトコにあったんスねー」

 感心したように言う赤也に、美波はクスリと笑った。

「なんスか」
「ごめんごめん。病院内で、どうやったら迷子になるのかなーって」

 赤也は頬を膨らませた。

「置いてかれたんスよ、先輩にっ」

 “先輩”、という言葉に美波の笑顔は凍り付いた。
 赤也の言う先輩が、一体誰のことかは解らない。真田かもしれないし、柳かもしれない。柳生や仁王、ジャッカルだっている。だけど、誰とも顔を合わせたくはない。優しくて暖かい場所をくれた人に言う言葉ではないかもしれない。顔を合わせたくない、なんて、失礼極まりない。だけど、美波はどうしても“彼”と、逢いたくない。

「そっか……」
 
 美波は、そう言うのがやっとだった。
 赤也は人気のなくなった売店で、チョコを買って来て、美波に手渡す。

「え??」
「御礼ッス。此処まで連れてきてくれて、助かったッスよ」

 ニカッと笑う赤也に吊られ、此方まで歯を見せて笑ってしまう。

「そうだ。名前、教えてくんないッスか??」
「あ、そう言えば、言ってなかったね」

 あまりにも突然の出会い過ぎて、名乗る暇がなかった事を思い出す。美波からすれば、赤也のことは名乗られなくても知っていた。だが
、さすがに美波と入れ違いで立海に入学した赤也は、知らなくて当然だ。
 美波は少しだけ緊張して、口を開いた。

「小南、美波だよ」

 自分で言いながら思う。変な名前。

「みなみみなみッスか」

 赤也も、呆けた表情で此方を視ている。

「……こ、忘れないでね」
「へへ、りょーかいッス」

 そこまで言った時だった。赤也の後ろに、人影が現れる。

(———あ、れ)

 美波は目を見開く。
 赤い髪の毛と、薄い緑の風船ガム。

「あ、」

 赤也は嬉しそうに振り返る。



「————————————————丸井先輩!!」



 名前を呼ばれた少年は、気怠そうに美波たちの元へ歩み寄ってくる。風船ガムを膨らましながら。

「赤也ー お前どーやったらこんな病院で迷うんだよ??」
「な、置いてったくせに……っ」
「あのなー 置いてったんじゃなくて、お前が鈍かったの」
「はぁ?! そりゃないッスよ!! 先輩たち歩くの速いんスよ!!」
「棗がお菓子お菓子っつーんだから、しょーがねぇだろ」
「……どーせ一緒に喜んで買ったんでしょ」

 何を言っても先輩には勝てないことを確信し、赤也はため息を付く。
 思えば、この間に逃げようと思えば逃げられたはずだった。鉢合わせだけは避けようと、ここ半年この病院に入る時は神経を張りつめていた。全て全て、この男を避けるためだったのに。


(嘘だ)


 目の前にすると、逃げたくない、なんて——————————

「あ、先輩!! この人に、助けて貰ったんスよ!!」
「は??」
「此処まで案内して貰ったッス」

 赤也は、美波の両肩に手を置く。
 俯いて、出来る限り俯いて。それでも、隠しきれない自分の存在。自分自身。
 美波はただただ、自分の足下ばかりを見つめた。
 そして等々、少年の視線は美波へと注がれる事となる。

「あー、悪かったな。アンタにも、迷惑かけ、て……」

 ぎゅっと、拳を握る。





「みな、み————————————??」





 懐かしい声、大切な人。大好きな笑顔。

「お前、美波か?!」

 丸井ブン太は、目を見開き、俯いたままの美波の肩に手を伸ばす。驚いた赤也は、ブン太の手が近づくのを感じ美波から手を離す。

「い、やっ」

 パン。
 軽い音がして、ブン太の手は弾かれた。

「美波……」
「あ、」

 ブン太の手は、薄く赤くなった。美波はそれを見て、少しだけ眉を歪め悲しげな表情をしたが、すぐに俯いた。
 ブン太と、目が合ったのだ。
 変わらない彼の瞳に、美波は耐えられない。最後のあの日と、同じように悲しげな瞳をした彼に、耐えられない。

「ご、ごめ……っ ごめん!!」

 耐えられない。
 美波は走り出した。1度も振り向くことなく、ブン太の手が、美波の肩に触れる前に。
 
「美波!! 待っ————————— っ」





“さっさと、俺の前から消えろよ!!”

 驚きと悲しみとが絡み合った、何とも言えない彼女の表情[カオ]。たぶん、一生忘れられないだろう。

“……馬鹿、”

 頬に衝撃が走る。
 彼女の手が俺の頬に触れたのは、初めてだった。

“—————————————————さよなら、”






 ブン太は、出かけた足を止めた。

「……畜生、」

 拳を握りしめる。

「先、輩……??」

 何が何だか、といった表情の赤也を安心させるように、ブン太は力なく笑った。

「帰ろうぜ。幸村くんのとこに」




 あぁ、もう俺は、君に触れられないらしい。



*