二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【青の祓魔師】 月夜の書庫 【短編集】 ( No.1 )
日時: 2011/05/15 16:12
名前: ぽんこ ◆xsB7oMEOeI (ID: Wx.cjsE7)

【不可解な感情】



それはふとした瞬間に訪れる。

たとえば廊下を歩いていて、誰かに「おはよう」と言われた時。
たとえば退屈で死にそうな授業を、半分眠りながら受けている時。
たとえば一日を終えて部屋に戻り、勢いよくベッドに飛び込んだ時。

そういう何気ない瞬間にふと思う。

自分が怖くてたまらない、と。



ぼんやりと物思いに耽りながら暗い夜道を歩いていると、不意に誰かとぶつかった。獣の匂いがした。

「痛いじゃないですか。下を見て陰気に歩くのもいいが、たまには前を確認していただきたい」

見上げると、淡い月光を浴びながら、呆れたようにこちらを見下ろす瞳と目があった。
驚いて後ろに飛びのくと、ピエロのような奇抜な衣装に身を包んだ彼は口元に手を当てくつくつと喉で笑う。
ちらりと牙がのぞいた。

「何もそんなに驚くことはないじゃありませんか」
「いきなりあんたとぶつかったらフツーびっくりするだろ。つーかなんで理事長がこんなとこ歩いてんだよ」
「月夜に散歩するのもなかなか優雅ではありませんか。紳士は常に紳士らしい振舞いをするべきです」

はぁ、と気の抜けた返事をする。この男は常に何を考えているのか分からない。
とりあえず、じゃあ俺はこれでと立ち去りかけたその時、待ちなさいと鋭い声が飛んできた。振り返ると彼は腕を組み、口元にうっすらと笑みを浮かべている。

「どうも顔色が良くないようだ。何かお悩みでも?」

さすがは悪魔というべきか、人の心を読むのが上手い。
思わず身を固くした自分を見て、彼は満足げににやりと笑った。人が動揺しているところを見るのはどうやら彼のお気に入りらしい。

「私の鋭い洞察力から察するに、君は何かに脅えているようだ。サタンの落胤であるあなたが、一体何を恐れる必要があるのです?」

彼はもう笑っていなかった。探るような目つきでこちらを見ている。
相手の瞳から視線を反らし口を閉じたままでいると、不意に彼は力を抜いて笑った。

「まぁ、答えは大体見当がつきますがね。それからはどんなにあがいたって逃れようもないのです。お気の毒ですが」

そう言うと、彼はふわりと目の前に進み出て、かがんで同じ目線の高さになった。
それがあまりにも近かったものだから、思わず心臓が跳ね上がる。
何をするのかと緊張しながら動かずにいると、彼は自身の人差し指で、燐の胸をそっと突いた。

「あなたの命のともしびが消えない限り、あなたは永遠に囚われ続ける。あらゆる試練があなたに襲いかかり、ひょっとすると気が狂いそうになるかもしれない」

しかし、と彼は続けた。
その瞳はまっすぐにこちらを見ていた。

「あなたはサタンの息子であり、同時に奥村燐でもある。なに、少々手荒な事をしてくれようが、私たちも制御するくらいの力はあります。恐れることはありませんよ☆」

ぱちりと片目をつぶってみせた彼は、それこそ本物の道化のようだった。
一体彼は何を考えているのか。
口から紡ぎだされる言葉は果たして真実なのか否か。
それを解明できるのは、おそらく彼自身しかいないのだろう。

しかしそれでも。
さきほどまで胸の中で渦巻いていた黒い感情が、少しだけ晴れたのは事実だった。



彼はすっくと立ち上がると、それではまた後日お会いしましょうと歩きだした。

「ただし学園を破壊されないよう! 冷静沈着なこのわたしにも理性の鎖というものがありますから、できるだけ真面目な態度で授業にも臨んでほしいものです」

夜の闇に消えていく彼の後ろ姿を見つめながら、一人残された燐はしばらくその場に立っていた後、くるりと踵を返した。
 
空を見上げると、無数の星が輝いている。きっと明日は晴れるに違いない。
明日のことを考えた途端、ぐううと大きく腹が鳴った。
すっかり目が冴えてしまったが、朝食まであと何時間もある。これからどうやって時間をつぶそう?
そんな他愛のないことを思いながら、燐は寮目指して歩き続ける。




だから物陰から男が一人、悲しい目をしてこちらを見ていたことなど、燐は知る由もなかった。









——————————————————————
ちょこちょこ修正しました。
メフィが燐にちょっとでも同情してたらいいな…という話。