二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 青の祓魔師 -ちいさな物語たち-    ( No.8 )
日時: 2011/09/20 13:09
名前: ぽんこ ◆xsB7oMEOeI (ID: iyrsvThs)



【自己犠牲も程々に】








その日は曇り空だった。

正十字学園の最上階に位置するヨハン・ファウスト邸——

その部屋には一人しかいなかった。大きな窓のそばにある椅子に腰かけた、何となく気だるげな面持ちで窓の外を見ている男——名をメフィストという。
しばらくの間、彼は頬杖を付きながら窓の外に広がる雲を眺めていた。一向に晴れる気配はなく、今にも雨が降り出しそうである。
暗い単色で染められた面白みのない景色に憮然としつつ、彼は口を開いた。

「今日は洋菓子が食べたい」

すると彼の背後で、天井から誰かが降りてくる気配がした。
メフィストは視線を窓の外に固定したまま、当たり前のように続ける。

「アマイモン、何か私のハートに響きそうな洋菓子をいくつか挙げてみろ。お前が挙げた中から今日のデザートを選ぶとしよう」

彼から少し離れたところに立つアマイモンは、ほんの少し首を傾けながらぽつりと答えた。

「ペロペロキャンディ」
「却下。食後にふさわしくない」
「チーズケーキはどうでしょう」
「もっとひねりのきいたものが欲しい」
「バクダン焼きは」
「それを洋菓子と呼ぶならお前の舌を医者に診てもらわねばなるまい」

メフィストは大きくため息を吐いた——こいつは本気で考えるつもりがあるのか。
窓の外は依然として重く分厚い雲が立ち込めており、遠くの方で白い閃光が地面にほとばしるのが見えた。
メフィストは立ち上がると、机の上に散らばった書類を整理しはじめた。これ以上この愚弟に付き合う義務はない。
追い返そうと口を開きかけた時、アマイモンはほとんど聞き取れないような声で呟いた。
あまりにも小さな声だったので、恐らく人間の耳では聞き取れなかっただろう。

「オツカレサマデス」と。

「……は?」

動かしていた手が思わず止まった。
顔を上げると、真っ直ぐにこちらを見つめるアマイモンと視線がぶつかった。

「ははぁ、やっぱりそうなんですね」
「どういう意味だ」
「ちなみにこの言葉は暇つぶしに商店街をうろついていた時に覚えました。これでまた一歩ジャパニーズに近付くことができたかな」

感情のこもらない声で淡々と続ける彼に、メフィストは手元の書類を放り出して言い放つ。

「話が噛み合ってないぞ。私の質問に答え——」

そこで初めて、アマイモンが声を張り上げた。
先程までとは微妙に違った、怒りを含めた眼差しがメフィストを捉える。

「己の欲求に忠実であるべきだとおっしゃっていたのは、兄上ではありませんか」

その声ではっとした。
冷水を浴びせられたように、頭の芯から熱が急激に冷やされていった。
アマイモンは少し声のトーンを落とす。

「甘味が食べたいと感じた時は、体が疲れているのだと聞きました。疲れているならなぜ疲れたと言わないのですか」
「それは……」
「悪魔が悪魔に嘘を吐くって、オモシロイなぁ」

それだけ言い残して、彼はその場から姿を消した。

後に残ったメフィストが呆然と立ち尽くしていると、彼が去った後、ちょうどさっきまで彼が立っていた辺りの床に一粒のキャンディが落ちているのが見えた。
腰をかがめて拾ってみるとレモンのほんのり甘い香りがただよってくる。

「……あいつめ」

細い指先で、悪魔には不釣り合いな可愛らしい包み紙をそっとはずす。
カサリと懐かしい音がして、黄色い半透明のキャンディが手の中に転がった。
ふと窓の方を振り返ると、大きな窓からは淡い光が差し込んで、舞台のスポットライトのように彼自身を包みこんでいた。
太陽の暖かさをその身で感じつつ手の中のそれを口に放り込むと、レモンのほどよい甘さが口内にじんわりと広がる。


(……結局、本当はデザートなんて)


目頭が熱くなったと同時に、一筋の涙がこぼれおちた。