二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 少年陰陽師*燈織開伝 ( No.4 )
- 日時: 2011/06/03 02:01
- 名前: 翡翠 (ID: a2Kit7un)
大体、正式に陰陽寮に入寮したわけでもなんでもない十三歳の半人前を、化け物退治に向かわせる晴明の神経がおかしい。
しかも、お使いに行ってこい、というような軽やかな口調でだ。
「もっくん、そう思わないっ!?」
大髑髏に追いかけられながら、燈織は晴明の無情を訴える。
「わかったから、とにかく反撃しろっ」
直立歩行も可能な物の怪は、しかに逃げるときはさすがに四つの足で動物走りをしている。
あばら家と言っても、なにがしかの貴族の住居だったこの邸は、そこそこに広かった。ぼろぼろになった屏風や几帳を蹴り倒し、御簾を撥ね退け脇息を飛び越えて、燈織と物の怪は逃げ惑う。
その後を、大髑髏が障害物をなぎ倒して追ってくるのだから、なかなかにぞっとする状況である。
家屋を支える柱も数本真っ二つになり、みしみしと不穏な家鳴りが響きだす。
「わっ!」
燈織が突然つんのめって、そのまますっ転んだ。
暗がりで見えなかったが、なぜか畳が一枚置かれていて、その角につまずいてしまったのだ。
「いたたたた」
もろにぶつけた額を押さえて、涙目になった燈織の頭上を、急停止はさすがにできない大髑髏が飛び越えていって、柱に激突する。
みしみしという不穏な音が、めきめきという不吉な音に変った。
天井からは、ほこりやらちりがひっきりなしに降ってくる。
どう考えても邸倒壊寸前という状況だ。
「おいおい、しっかりしてくれ、晴明の孫」
呆れ顔の物の怪にひとにらみ返し、燈織は跳ね起きると大髑髏と対峙した。振り返って大きな歯をカチカチと鳴らしながら、大髑髏がじりじりと近づいてくる。
燈織は呼吸を整え、両手で印を結んだ。
「オンアビラウンキャンシャラクタン!」
大髑髏がぴたりと動きを止めた。
燈織は首にかけていた数珠をはずすと、両手に巻きつけた。
「ナウマクサンマンダバザラダン、センダマカロシャダソワタヤウン、タラタカンマン!」
痛いほどの妖気が大髑髏からほとばしる。
それは刺すように鋭く、燈織の全身に向かってきた。
が、彼女の手にある数珠が大きく揺れ、その波動を跳ね返す。
「おー、少しは上達したか?」
茶々をいれる物の怪を片足で蹴り、燈織は懐から一枚の符を抜き取った。
「謹請し奉る、降臨諸神諸真人、縛鬼伏邪、百鬼消除、急ヶ如律令!」
言上もろとも放たれた符は、大髑髏のちょうど額に当たると、まばゆい閃光を放った。
すさまじい咆哮が響き渡った。
髑髏が叫んでいる。
「……喉がないのに、どこから声がでてるんだ?」
「そういう問題と違うでしょ!」
首をかしげた物の怪の場違いだが素朴な疑問に、燈織は怒鳴った。
その瞬間、大髑髏の輪郭がぼやけた。
燈織は目を見開いた。
大きな、それこそ一丈はありそうな髑髏。
しかし、その実体は。
「うそっ、ちょっと待ってっ!」
さすがに度肝を抜かれた燈織が後退いた。
その正体は、幾百、幾千もの髑髏が、生きたいという念に引きずられ、寄り集まって変化した、正真正銘の物の怪だったのだ。
大量の髑髏が、燈織を一斉ににらむ。
さすがに息を呑む燈織に、もっくんが講釈をたれた。
「いいか燈織、物の怪っていうのはな、ああいうのを指すんだ。これ以降、俺のことを物の怪なんて呼ぶなよ、ちゃんと実物見たんだから」
「こんなときになんて冷静なっ」
半泣き声の燈織に、物の怪は涼しい顔をした。
「あ? あー、問題ない問題ない。だって、お前のさっきの術で、こいつら大髑髏でいられなくなったんだぜ? ということは、もう悪さする力が残ってないっていうことさ」
自信満々に語る物の怪い呼応したかのように、それまで燈織をじっと凝視していた髑髏たちは、突然黒い煙に変化した。
そして。
数千の髑髏だったものは、ごうごうと音を立て、突風をともない邸の調度品を吹き飛ばしながら、四散していった。
全てが飛ばされて何もなくなった床の上に、ぼろぼろになった符がはらりと落ちる。
燈織は全身の緊張を解いた。
寿命がちぢんだ。
「お、終わった……」
息をつきながらつぶやいたとき、不意にびしりという不吉な音がした。
「びし……?」
燈織と物の怪が同時に顔を上げると、天井の梁が大きくたわんで亀裂が入っているのが見えた。
ばらばらとたくさんの破片が落ちてくる。
もともと立っているのが不思議なほど荒れていたあばら家だ。
燈織たちの追いかけっこや、元髑髏散開の衝撃で、最後の耐久力が使い果たされてしまったらしい。
「きゃ————っっっ!」
倒壊する邸の中から、燈織の絶叫がとどろいた。