二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

 春色前線 ( No.33 )
日時: 2011/07/19 17:47
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: Ryt8vfyf)




 にわかに感じた甘い香りは、薄水色の澄んだ青空を舞台に舞い踊るピンク色の花弁からなのか。
 それとも——少しでも大人に近づこうと、少しでも女の子らしくなろうと背伸びをし、俺からどんどん遠ざかっていく彼女がつけた香水なのだろうか。嗚呼、お願いだから、俺を置いて行かないで。



 花は散るから美しい。
 去年の入学式、咲き乱れる桜を眺めながら校長は慈しむように言葉を選び、春を愛でるように呟いた。良い言葉だ、けど特別珍しいって訳じゃない。何度か聞き慣れたその言葉に、今になってようやく惹かれる理由を知った。息を吹き返すかのように輝く新緑を差し押さえ、日本人の視線の先を奪って離さない桜。春の象徴でもあるそれを嫌う人は、少ないと思う。だって、美しいんだ。目を離せなくなるほど、綺麗なんだ。

「立向居くん」
 まるで、貴女のように。
 初めて会ったその日から、どれだけの月日が流れただろうか。まだ一年も過ごしていないのに、酷く長く思われて。きちんとした時間は覚えていないが、それでも短いのは確かだった。嗚呼、惜しい。もっと早く、貴女と出会っていたかった。もっと長く、貴女の傍にいたかった。
「桜、綺麗だね」
「……そうですね」
 あと数日もすれば、俺も貴女も、中学二年生。やっとあの人たちに追いつけるんだ。……まあ、そのゴールに立った時点で彼らはもう、俺の手が届くことないスタートを切っているのだけど。
 大人びた彼女の横顔はつい、同い年であることを忘れてしまう。嗚呼、そうだ、そうだった。俺だけがあの人たちに追いつけない訳じゃないんだ。俺と彼女もこれから、同じゴールを繰り返すんだ。そう思えば一年の差など、痛くもかゆくもない。
 だけ、ど。風に吹かれ靡いた藍色の髪、ふと振り向いた時そこに立っていた少女の姿は、酷く凛々しく、脆く見えた。嗚呼、いつか貴女にも置いて行かれてしまうのだろうか——それだけは、絶対に嫌だ。きっと彼女は強いから、さっさと先に行ってしまうのだろう。今だって俺は、彼女の眼中にも無いひどくちっぽけな存在なのだから。
「お花見、行きたいな」
 ぽつりと彼女は呟く。相手は誰ですか、なんて。
 あと一年。あと一年経ってまた桜を眺めている時、その時にはもう遅いのだ。彼らは、帰ってこない。そしたら俺には、何が残るのだろう。貴女を繋ぎ止めるなんてそんな難しいこと、できるのだろうか。
 ——まあ、今考えても仕方がない。彼女は自由なのだ、引き留めてはいけないのだ。俺如きの、男なんかが。
「……立向居くんはさ」
 誰かと行く予定とか、あるの。
 かあっと火照る頬。あたふたとしながら視線を地面に移す。敷き詰められた花弁はさながら、薄桃色の絨毯のようだった。

 嗚呼——願わくば、貴女とまた桜が見たいです。


へたれなのか……?
立春好きです。でも木春も可愛い。