二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 泡沫に溶けた、 【人魚姫パロ】 ( No.74 )
- 日時: 2011/09/16 18:56
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: L1jL6eOs)
足を一歩、アイツがいる方向へと進めるたびに身体を貫かれるような激痛を覚える。それこそ、針の山を素足で登っているようなものだ。
ただ、それでも——俺はまた、前へ進み続ける。声が届かない分、他の誰よりもアイツの隣にいたいから。
波はさあっと打ち寄せたかと思えば、瞬く間に海へと押し戻されていく。巻き込まれた砂が俺の脚を埋もれさせた。ひんやりとした冷たさはそれなりに心地よく、できればもう少し、このままでいたい。けれど——それではダメなのだ。ひたすら走り続けなければ、アイツの隣に居続けることはできない。いつ蹴落とされてもおかしくないんだ、今の俺では。
視線を砂浜から前方ではしゃいでいるアイツに移す。この浜で俺はアイツを助け、助けられ、恋に落ちた。過酷な条件しか与えてくれぬ神が憎いが、仕方がない。結局、その悪戯に掛かってしまったのは紛れもない俺自身なのだから。刹那、どうしようもない虚無感を覚え、ただそっと目を伏せる。が、名前を呼ばれてすぐに目を開いた。青白く世界を照らす月光が鬱陶しい。嗚呼、でも、突き刺すような光を放つ太陽には、まだ慣れない。それは昔より、太陽との距離が短くなったからだろう。昔の俺では、太陽がどれだけ熱く燃えているのかさえ知らなかった。そしてあの日、船を覗かなければ——胸を焦がすような痛みも幸福も知らないまま、暗い海の底で一生を終えたと言うのに。
けれど、俺は、
「ねえ豪炎寺、僕の話聴いてるの?」
後悔なんて微塵もしていない。
首を縦に振ればしぶしぶ、葵は許してくれたようだった。嗚呼、その柔らかい声で俺の名を——下の名前を呼んではくれないだろうか。そう考えるとこの現実を物足りなく感じるより先に、少しだけ、安心する。きっと今よりも早くなるであろう鼓動が、その羞恥に耐え抜いてくれるか些か不安でもあるからだ。でも、もし、俺がこのペンダント——上の名だけが刻まれたそれをどこかに落としていたらと思うと、そこには後悔しか残らない。
「夜の海って綺麗だよね。なんか、他の国に内緒で遊びに来たみたい」
僕ね、いつかこの国を飛び出して、自由になるんだ。
そう打ち明けてくれた時の彼女の瞳は、未来への希望と異国の地に対する好奇心でこれでもかと言うほど輝いていた。悪戯っぽい笑みも彼女らしいと言うか、何と言うか。ただそのあと、「もちろん、豪炎寺はさらってでも一緒に行かせるからね」と不意打ちで付け加えられた時の衝撃は、今でも忘れられない。
漆黒に染められた髪は、夜の闇に溶け込むことなく、夜風に靡いてふわりと踊る。嗚呼、なぜ人間になる代償が声だったのだろうか。一回でも良いから、アイツの名を呼びたい。この気持ちを、伝えたい。声が無いと結局、彼女は振り向いてもくれないのだから。なあ、そうだろ——『葵』。
刹那、黒髪がくるりとこちらに向き、いつもよりも大人っぽい微笑が惜し気も無く俺に向けられ——
「なぁに?」
彼女は確かに、振り向いた。驚きのあまり、反応できない。かちかちに固まっている俺を見て、葵自身も今の現象に驚いたのか、あたふたと目を泳がせた。挙動不審だが、それもまた珍しいことで面白い。
「いや……その、今、誰かに呼ばれた気がして。その声が……ぼ、僕の想像してる豪炎寺の声に酷似してたから、名前、呼ばれたのかと思って……」
どうしちゃたんだろうね、僕。困ったように——それでもどこか嬉しそうな笑みを浮かべ、首を傾げる葵を、気付けば抱きしめていた。ふんわりと香るのは、女中に無理やり付けさせられていた香水なのだと思う。
なあ、葵。それは本当か? 俺の声は今、届いたのか?
そう尋ねたかったけど、喉からは何も零れはしない。虚しい、けれど。一瞬でも通じ合えた、その事実が嬉しくて嬉しくて。本当に良かった。報われない恋だとわかりながら二本の足を手に入れたものの、どうしようかって、心の奥では物凄く悩んでたんだ。だけど、少しでも、望みがあるって今、わかったから——嬉しい。けど、
俺は哀しくて仕方がないんだ、上手く笑う事すらできないほどに。
俺は彼女の名前を呼ぶことができたのに、彼女を優しく抱きしめることもできるのに、彼女を一番想っているのに、葵の為ならこの命だって差し出せると言うのに、どうして、どうして、
「ご……ごーえんじ……?」
——この想いを告げることは、できないんだろうか。
+
男女位置変換で人魚姫パロ。
王子様=葵、人魚姫(?)=豪炎寺でお送りしましたー。
でも実際、まだ続いてみたり(ぇ
お姫様ポジの人がメインです。私がただ、その人に思いきり報われない片恋させたかっただけですが何か?(ぉぃ 最終的に誰も結ばれない落ちにしようかなとか考えてる自分まじ鬼畜!←