二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 純白の便箋(あの日に戻れたら、俺は、) ( No.181 )
- 日時: 2011/09/29 21:52
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: GSdZuDdd)
- 参照: ちょっと今日短いです←
「久しぶり、円堂」
片手をひらりと空へ突き上げ、悪戯っぽく微笑む彼女は、どこか見覚えのある人だった。どうして俺の名前なんか知ってるんだろう、そう考えかけて、思考が止まる。
あ、あれ? ——俺の記憶と違わない。ふわりと揺れる黒髪も、蒼天を映し出す凛とした瞳も、全部全部、あの日閉じ込めた記憶のままで。
「……あ、おい?」
でもその記憶は、今ではもう随分色あせてしまったから。
だから彼女の名前を紡ぎ出すのに少し戸惑ってしまった事は、赦してほしいな。
聞けば彼女は大学卒業後、日本各地をぶらり旅していたらしい。キャラバンで巡った街なんかでは、懐かしい出会いもあったそうで。連絡が取れなかった日には本気で心配したんだぞ、そう告げれば申し訳無さそうにごめんと返された。別に、謝って欲しかった訳じゃないんだけど。
「で、今は何してるんだ?」
「んー。秋の部屋に居候中。実家に居ると、早く就職しろってうるさくて……今は司書の資格取るために勉強中なのにさ」
むぅと唇を尖らせ、両親への不満をぶつぶつと呟く葵。その横顔は、何一つ変わっていなかった。遠いあの日の、輝かしい日々と。
ふと、中学二年生のあの日々が懐かしくなり、そっと目を伏せる。嗚呼、今となってはモノクロの薄汚れたサッカーボールさえ鮮やかだ。いや、もう戻れない日々だと理解してるからこそ、遠いあの日の記憶は時を重ねる度に、色鮮やかに描かれるのだろう。ふいにため息が零れ、気付けば葵に覗き込まれていた。
「え、何……悩みでもあるの?」
良ければ、聴くけど。的確なアドバイスが返ってくるとか期待しないでよね。
そんなふうに前置きをされ、心配そうな視線に捕まる。こんなに心配してくれる葵には悪いけど、俺には悩みなど一つも無い。——少なくとも、彼女に相談できる範囲のものは。平気だ、と返せば嗚呼そうなら良いけどと素っ気ない声音。もうちょっと優しく言ってくれ、なんて我儘は通用しそうにない。
「まあ、円堂に監督なんて務まるのか不安だったけど……うまくやってるみたいじゃん」
「それなりにな」
俺だってただ身体だけ成長した訳じゃないんだ。ちゃんと大人になったんだよ。けど、それは葵だって一緒なのに。泥だらけになりながら俺と一緒に戦ってくれたあの日の彼女は、面影すら残していない。髪型もそのままで、性格もそこまで変わっていないと言うのに、俺が知る藤浪葵は既にその姿を消していた。嗚呼、そうだ。どれだけ嘆こうと、俺の妹のようだった存在の葵は、もうどこにもいないんだ。
わかりきっていたことなのに——何故こんなにも、苦しい?
「円堂監督、ね」
噛み締めるように呟いた彼女は、焦点の合わない瞳で何を見ているのだろうか。
新しくなった雷門中の校舎を見ているのか、新しくなった雷門サッカーを眺めているのか、新しくなったそのサッカーボールを追いかけているのか。ここにいてはわからないけど、ただ一つ言い切れるのは、彼女は俺を見ていないという現実。ただそれだけ。
そしてそんな俺に追い打ちをかけるように、葵は容易く言葉を吐く。
「——もう円堂には、ボクなんて必要無いんだね」
は?
「……さて、呼ばれたことだし、混ざってこよっかなー」
呆然としながらフィールドを見れば「葵さーん!」と無邪気に笑う松風たちの姿が。そんな彼等たちに今行くよーと片手を上げ、そして小走りでそちらへ向かう葵。
その背中の、何て遠い事か。
「必要無い、か」
それはきっと、彼女の台詞なのに。俺はいつだって、葵が必要だったんだ。なのに、あいつは——。
( ……あ、れ? )
モノクロのサッカーボールの如く、世界が瞬く間に色彩を失った。
+
十年後葵さんと円堂さん。円←葵、と言い張ってみます。