二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 愛したって、 [01] ( No.45 )
- 日時: 2011/07/26 20:00
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: eXBL1K9M)
- 参照: ※中編夢。
とある記憶が僕を縛り付け、
唇から零れる言葉を「嘘」と肯定してみた。
#01
ふわぁ、と。
薄く涙が滲み、歪んだ視界を拳で拭う。まったく、どうして今日もこんなに寒いのかな。もうちょっと暖かければ、布団から出ることに戸惑いを感じないで済むというのに。また欠伸が出そうになって、慌てて口元をマフラーに埋めた。お世辞にも、もこもことは言えないマフラーはそれでも充分温かい。それに僕は——このマフラーが無くなったら、全てを失うに値する絶望を抱くのだろうから。だから僕には、これがお似合い。
擦れて汚れて、温もりを忘れてしまったマフラーがちょうどいい。
「士郎!」
そんな暗い考えを吹き飛ばしてくれる、明るいソプラノが辺りに響いた。
何を考えずとも、反射的に振り向いてしまう。嗚呼、朝から会えるなんて幸運だなぁと暢気に思う。上下に揺れる茶髪が視界に映り込んだ瞬間、崩れる相好。いけないいけない、こんなだらしない笑顔してたら笑われちゃう。とっさに柔らかく笑ってみる。今日の授業はやたらと教科書を使う日程のせいか、ひどく重そうな鞄。そのおかげで僕は、彼女を出迎えるまでに笑顔の貼り付け作業が完了した。
「おはよう、桃ちゃん」
かなり頑張って走ってくれたようで、桃ちゃんの頬はやわく色づいていた。乱れている呼吸を見て申し訳ないと思ってしまう。
桃ちゃんは自然に口角を吊り上げ、偶然だねと言って微笑んだ。確かに朝練がある日はあまり一緒に登校できない。家もそう遠くないから、僕が迎えに行っても良いんだけど……やっぱり、恥ずかしいし。学校へ向かう道では、ほとんど人と出くわすことは無い。まあ、見られることも無いのに恥ずかしいなんていうのは、僕が自意識過剰なだけなんだろうけど。
「珍しいね。朝から会えるなんて」
「うん! まあ、その、実はね……」
もごもごと言葉を濁す彼女に微笑みかけ、言葉を促す。さっきより、ちょっぴり赤く染まった顔を俯かせ、桃ちゃんは、
「士郎と一緒に学校行きたくて、早く家を出てきたの」
なんて。不意打ちの言葉に体全体が熱を持つ。
さすがにこれは——照れる、というか。桃ちゃんを見ていられなくなった僕は、すぐさま視線を曇った空に移した。どうか、この顔が桃ちゃんに見られていませんように!
「……そっか、ありがとう」
「ううん、私の勝手だし……それに、」
続く言葉が聞こえない。でも、僕が促すよりも先に桃ちゃんは笑った。
「士郎、昨日の練習の時、元気無かったから」
昨日の練習、ね。ぼおっとしながら思考を巡らせ、一つの答えに辿り着く。
夕陽が雲の切れ間から差し込み、一本の柱のようになっていて綺麗だった。こういうの、天使の梯子って言うんだよね。誰かがぽつりと呟いて、そうなんだって納得しちゃって、ふとずれたマフラーを直そうと右手を掛けた時、
今の僕って、オレンジ色の髪なのかなって思っちゃって。
ものすごく——苦しかった。
「無理しないでね」
「僕は大丈夫だよ」
そう笑って見せるも、きっと相当ぎこちない笑みだったに違いない。
結局、彼女が僕のために急いでくれたのは、あいつのことを思い出して一瞬でも憔悴してしまった僕のせいなんだ。否、いつもの僕に寄り添おうなんてこと、彼女はしてくれない。それがひどく、寂しく思えて。
でも、本当はさ。
大丈夫じゃないんだ。僕、不安なんだよ。独りになるのが、とっても怖い。どうしていいか、わからないんだ。
こう泣きながら言ったら彼女は、僕の隣にいてくれるだろうか。
僕のためだけに、自らの時間を割いて優しく笑ってくれるだろうか。
僕のためだけに、どんな時でも我慢してきた涙を流してくれるだろうか。
僕が独りにならぬよう、その一生を僕に捧げてはくれないだろうか。
「……大丈夫だから、さ」
そう言えば彼女も納得したように頷き、ゆっくりと先に歩き始めた。
僕は本当に憶病だ。本当の願いも告げられぬくせに嘘を吐き、そんな自分を悲劇の主人公と見て甘やかす。ダメだ、このままじゃあ——そう思っていたとしても。
「士郎、どうしたの? 先に行っちゃうよ」
暖かく微笑んでくれる桃花のその優しさに、ただ甘えていたいと願ってしまうんだ。