二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

 sss* ( No.51 )
日時: 2011/07/28 20:38
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: 4vtppfc1)



「なあ、」
 彼女の名前を呼びかけて、ふとそのまま呑込んだ。言いたい事を忘れたとか、間違えたとか、そんな理由じゃなくて。ただ、綺麗だったんだよ——ただまっすぐにどこかを見つめるその瞳が、風になびくその髪が、きゅっと結ばれた薄い唇が。嗚呼、どうしてこんなに緊張するんだ? ただ、その腕に抱えられたサッカーボールを貸してくれと頼むだけなのに。在り来たりな言葉を、紡ぎだすだけなのに。
「——円堂くん」
 不意打ち。
 名前を呼ばれただけ、ただそれだけなんだ。なのに——どうしてこんなに、嬉しいんだろう。綻ぶ口元はもう、どうすることもできない。なんだか、照れるなあ。あ、でも、
 俺が名前を呼んで、秋も嬉しいって思ってくれてたら幸せだな。


   / 夕陽×キミの微笑=敵わない。


 ふわっと。
 その少女は、儚く微笑む人だった。強く抱きしめてしまったら、強く突き放してしまったら、ぱちんと弾ける泡のように消えてしまうんじゃないかと。そう、本気で心配してしまうほど、弱くて勇ましくて脆くて綺麗だった。でも、ボクなんかに心配されるほど弱い人じゃなくて。弱虫は、ボクのほうだ。彼女が遠いところへ帰ってしまわないか、ボクなんか忘れてエンドウクンのところへ行ってしまわないか、不安で怖くて恐ろしくてどうしようもなかった。
「……ナツミ」
 ふらりと伸びるボクの手は、ナツミの頬を優しく撫でた。すべすべしていて柔らかい。綺麗だね、と素直に感想を述べれば「お世辞はよして」と怒られた。素直じゃないなー、もう。
 でも、ボクはそんな彼女が大好きだから。素直じゃなくても良い。料理が苦手でも良い。ボクより弱くて、それ以上に強くても構わない。
 ナツミは誰にも、譲らないから!


   / 夢でないことだけを祈ろう


 アイツのことは、好きじゃなかった。
 監督の娘ということもあり、あまり興味も湧かなかったし、お近づきにもなりたくなかった。と言うのも、そいつはあまりにも弱くて、不可思議で、独りじゃ上手く呼吸もできないような——俺の大嫌いな類の人間だったからで。だからオレは慣れ合おうとも思わなかったし、相手もそんなところだろうと勝手に決めつけていた。なのに、これはいったい、
「不動くん、私、」
 どういうことだ?
 顔を赤らめているわけでもなく、もじもじと女々しく照れているわけでもなく、ただ黙って俺の中に飛び込んできたアイツ。意味不明、だし理解しようとも思わない。けど、この意味不明理解不能な状況で一つ、わからされたことがある。コイツは確かに弱虫だ。でもそれ以上に——英雄以上に強さを求めて、足掻いてる。ただ、ひたすらに、上へ上へと。へえ、成程ねぇ。くくっと響いたおかしな笑い声が、自分の喉から聞こえるのだと気づいた時、何故か悔しかった。まあ、
 アイツのことは、嫌いじゃないけど。


   / 彼女はいつでも不思議な世界で息をする


 [円秋/ロコ夏/不冬]