二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: ポケットモンスターBW 混濁の使者 ——再びお知らせです—— ( No.716 )
日時: 2013/02/23 23:58
名前: 白黒 ◆QpSaO9ekaY (ID: u.mhi.ZN)
参照: http://www40.atwiki.jp/altair0/pages/308.html

 真っ暗な監獄。穢れた寝台。晒し者の台座。煤ける鉱山。
 自分の居場所はそんな所だった。
 自分の置かれている状況を理解するのに、一年かかった。それから痛みという痛みを知り尽くすのに二年。穢れという穢れを知り尽くすのに三年。辱めという辱めを知り尽くすのに四年。疲れという疲れを知り尽くすのに五年。苦しみという苦しみを知り尽くすのに六年。そして、絶望を味わい尽くすのには、七年もかかった。
 辛かった、なんて、今更でも言えない。痛苦がデフォルトだった。初めのうちは少しでも痛みがなければ安堵の溜息を漏らしたが、途中からは苦しみがないことに疑問を抱くほどでさえった。
 泣き、叫び、呻いたかつての自分。無抵抗であった時もあれば、抵抗した時もあった。どちらにせよ結果は変わらなかったが。
 奴らの表情が愉悦や憤怒に染まる時、自分はどんな表情をしていたのだろう。
 だろうと言うが、そんなものは大方見当がつく。嫌悪、恐怖、疲弊、困惑……まあ、どれでも大差はない。少なくとも、当時の自分にとってはどのような気持ちを抱いだところで、結末に変化はない。こういう歪んだ考えを持ってしまったのは、きっとそのせいだ。
 いつから歪んでしまったのだろう、なんてことを思い返すのは無意味だ。それ以上に、思い出したくなんてない。
 全身にあますとこなく刻まれた傷。この傷の消滅こそが、あの男に従う条件だった。
 もう見たくない、思い出したくない。それは本当だ。嘘偽りのない真実だ……と、思う。
 だが、本当は分からないのだ。
 自分がなにを欲しているのか。自分の心が満たされるのは、どういう時なのか。
 仲間はいる。自分のことを友のように思う者、慕ってくれるもの、気をかけてくれる者。そういう存在は、確かにいる。
 しかし、どうもしっくりこない。それは、自分が求めていたものではない。そんな気がするのだ。
 なら自分はなにを求める?
 それを思うたびに、暗い過去が、魔手が、混沌の如く渦巻く——



「……っ!」
 ガバッと。
 7P、レイは飛び起きた。ベッドのシーツを破かんばかりの勢いで掴み、酷く乱れた呼吸をしている。顔どころか全身には、不快感を抱かせる寝汗で濡れていた。
「レイ様……?」
 例の隣には、金髪の一人の女性がいた。レイが直属の配下に置いている者、サーシャだ。
 しかし彼女はいつもの軍服ではなく、この時期には少々寒そうなワンピースだった。
「サーシャ……」
 いつもの冷たい視線でサーシャに目を向けるレイ。その目つきは、鋭くはあったが、どこか力のなさも窺えた。
「レイ様、その……大丈夫ですか? 随分、うなされていたようですが……」
「……心配には、及びません」
 言ってレイはベッドから降り、壁際に設置されたクローゼットまで歩いていく。が、その足取りもどこかおぼつかない。
 クローゼットまで辿り着くと、扉を開け、着替えを始める——とはいえ、レイは春夏秋冬関係なくいつでもサマードレスのようなワンピース一枚なので、着替えにかかる時間は一分もない。
 そんな短い着替えの合間に、レイはこんなことを言い出した。
「サーシャ……わたしの体に、傷はありますか……?」
「え? いえ……刻印を除けば、ないとは思いますが……」
 あまりに唐突だったので、若干口ごもるサーシャ。それに対しレイは、そうですか……、とだけ返す。
 服を着終わり、最後にプラズマ団のマークが入ったヘアピンを付ける。その時だった。

コンコン

 と、部屋の扉がノックされる。レイはその音だけで誰が来たのかは分かったので、どうぞ、と言った。
「お邪魔しますよ」
 入って来たのは同じ7P、エレクトロ。今日も今日にて執事服をきっちりと着こなしていた。そして、
「……何故、フォレス様もここにいるのでしょうか?」
「あぁ? 俺がいちゃ悪いかよ」
「別に……」
 口ではそう言うが、不服そうなサーシャ。
 エレクトロに続いて入室したのは、7P、フォレスだ。いつもの軍服染みた迷彩柄の服は着ているが、コートは羽織っていない。
「なんの用でしょうか……部屋まで来るということは、なにかあったのですか……?」
「いえ、実はそこまで急でもありませんよ。ただ、あなたがなかなか起きてこないものですから、業を煮やした、といったところです」
 見れば、時計の針はもう昼を指していた。
「それは……すみません。では、一体どのような用件で……?」
「今のうちに持ち場を決めておこうかと思いまして」
 失礼しますよ、と言いながらエレクトロは部屋の中央に設置されているテーブルに、地図を広げた。
 縮尺が分からないのでどれくらいの広さなのかは分からないが、それでもそれなりの広さはありそうな場所の地図だ。ほぼ正方形に区画された空間で、描かれているのは居住区、広場、森、湖、塔、そして城だ。
「私たちがいざ戦おうという時に、バッティングしては困りますからね。あなたにも、英雄側に気になる相手がいるのではないでしょうか。誰にも邪魔されず、戦いたい相手がいるのでは?」
「……いませんよ、そのような人は」
 エレクトロの言葉を否定するレイ。エレクトロも追及せず、そうですか、と返した。
「とりあえず、フォレス。あなたから説明を」
「了解だ。えーっとですね、この森の一帯は俺が罠を仕掛けていて危険なので、立ち入らないでください。入れるのは一部の森樹隊と焦炎隊のみです。あと、こっちの広場はフレイが陣取ってるようなので」
 地図を指差ししつつ、説明するフォレス。まったくリアクションのないレイだが、まあ聞いてはいるのだろう。
「と、まあそれだけなんですけど……とにかく、この辺は危険なんで、入らないでくださいね」
「……分かりました」
 短く返し、レイは地図に視線を落とす。
「……なあ、エレクトロ。もういいか?」
「ええ、もう帰ってもいいですよ。お疲れ様でした」
 そんなやり取りがあった後、フォレスは速足でレイの部屋から出て行った。
「あ……」
 それを見てサーシャは、ふと思った。そして、思い立ったらすぐに行動に移る。
「すみません、レイ様。私も少しはずしてよろしいでしょうか」
「……? 構いませんよ……」
 レイは少し疑問に思ったようだが、すぐに許可した。
 そしてサーシャは一礼すると、フォレスの後を追い、部屋から出ていった。



「フォレス様」
「あ?」
 声をかけられ、フォレスは振り返る。そこに立っていたのは、サーシャだ。
「なんだよ……お前から俺に呼びかけるなんざ、珍しいじゃねえか。そんなに明日、雨が降って欲しいか」
「違います……フォレス様は、知っているのですか?」
「なにをだ」
「レイ様の……その、過去について、です」
 フォレスはサーシャの言葉を聞き、眉根を寄せる。酷く不機嫌そうだ。
「……なにがあったかは知らねえが、下手に首を突っ込まねえほうがいいぞ。お前なら、絶対に後悔する」
「それでも、知りたいのです。フォレス様なら知っているのではないですか?」
「確かに知ってるが、俺もアシドから聞いた話だしな……ま、誰から聞こうと他人に言いふらすつもりはないが。言っとくが俺は土下座されようともお前に教えるつもりはねえぞ」
 頑ななフォレスは、さらに、
「あの人の過去は、好奇心にかられて探るようなものじゃねえ。あのフレイでさえ、中途半端にしかしらねえんだ。その理由がなんだか分かるか? 『全部知ったら普通のお友達じゃなくなるからさー』だってよ。あのフレイが言ったんだ、それだけで事の重大さは理解できるだろ」
「しかし……」
 突っぱねるフォレスに対し、食い下がるサーシャ。そんな不毛な言い合いがしばらく続き、
「……分かりました。それほどフォレス様が頑ななら、自分で調べます」
「ああ、いいぜ。好きにしろ。だが一応言っておく。知っちまったが最後。お前がレイさんのことをどう見るか、その視点はあの人の過去を知るだけで180°変わっちまうぞ」
 フォレスの忠告を半ば無視するようにサーシャは踵を返す。
 部下として、上司のしがらみを知っておきたいというのは当然のこと。氷霧隊の理念は、レイの安寧。彼女に心の揺らぎがあるのなら、それを正すのが役目である。
 その理念に従うサーシャは間違ってはいないのだろう。上司のために動くというのは見上げた精神だ。森樹隊あたりに爪の垢でも飲ませたいくらいである。
 しかしこの時は、対象が悪かった。レイという存在が抱える闇は、サーシャが思っている以上に、大きかったのである——



第十六幕、第二節、始まりました。前にも言いましたが、今幕はプラズマ団の直属部下がメインとなる話です。なので氷霧隊からはサーシャが選出されました。まあ、彼女しかいませんしね。さて、今までさんざ思わせぶりな事を書いてきたレイの過去ですが、そろそろ察しがつきますかね。まだ明確にはしませんが、少しずつ明かしていく予定です。なお、今幕は節ごとで分割されているので、一節はそれほど長くならないと思います。総合でも長くはないと思いますが。でもどうでしょう、白黒は冗長に書いてしまう癖がありますからね。では次回、サーシャがレイの過去を知るべく活動します。お楽しみに。