二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 540章 受難 ( No.792 )
日時: 2013/03/23 13:34
名前: 白黒 ◆QpSaO9ekaY (ID: H6B.1Ttr)
参照: http://www40.atwiki.jp/altair0/pages/308.html

 たびたび言われていることではあるが、7Pレイの過去は壮絶の一言に尽きる。7Pはそもそも過去に何かしらの確執や因縁などがあるものなのだが、その中でも彼女は、人間としてずば抜けている。
 今でこそその容姿や手腕はプラズマ団でも評価されている彼女だが、昔は違った。過去の彼女を一言で表すのなら『奴隷』だろう。
 彼女は元々、とある地方のとある街に住む、ごくごく一般的な少女だった。家が貧困しているという点では普通ではないと言えなくもないが、しかしそれも許容の範囲内だろう。
 その頃の彼女は、貧困しているという自覚がなかった。というのも、彼女の両親が、彼女に負担をかけまいとして、貧しいと思わせないように振る舞っていたからである。
 そんな貧しくも平和な時間が続いたある時、彼女の家庭に異変が起きた。
 最初の異変は、母親がいなくなったことだ。彼女も不審に思って父親の尋ねた。父親は出稼ぎに出た、と答えた。
 その答えを鵜呑みにして、納得した彼女だが、同時に自分たちの家庭が貧しいことに気付いた。
 その頃の彼女は健気な少女だ。貧しいと分かっても、その規模がどの程度なのかは分からない。けれど、自分も家族の一員として何か出来るのではないかと思い、父親言った。

「わたしにも、なにかできることないかな?」

 その一言で、父親は大いに喜んだ。母親がいなくなってから、どこか腹立たしげにしていた父親が、初めて笑顔を見せた。その笑顔も鵜呑みにして、彼女は自分にできることがあると知り、喜んだ。
 自分にも、家族のために出来ることがある。子供なりに彼女は喜び勇んで、父親の言うことを何でも聞いた。その結果——

 ——彼女は売り飛ばされた。

 最初は、少しの間、父親と離れるだけだと思っていた。父親もそう言っていたし、その言葉をそのまま受け取っていた。すぐに戻って来ると、父親は言ったのだ。だが結局、父親は戻ってこなかった。それ以前に、レイは全く知らない地へと連れて行かれた。
 最初はどこかの屋敷の使用人として、次はある鉱山の労働力として、その次は個人の所有物として。たらい回されるように様々な場所を転々とした。
 最初は父親を信じていた彼女だが、じきに悟った。父親は借金か何かがあって、貧困から抜け出すために自分を売ったのだと。母親もそれに耐え切れなくなって、夜逃げしたのだろうと。
 最終的に母親は逃げ延び、父親は娘を売った金でどうにかしたのかもしれない。けれど無知だった自分は、奴隷として人権を剥奪され、したくもないことを延々とやらされている。
 しかも成長するにつれ、彼女の美麗な容姿がそのことに拍車をかける。今の英雄と同じ年齢になる頃には、彼女の買い手は男に絞られていた。
 奴隷市場でオークションにかけられ、買い取られるとそこで絶望の日々が始まる。しばらくすると、飽きられたのか、それともそういうシステムなのか、また奴隷市場に戻る。そしてオークションにかけられて、また別の誰かの所有物となる。
 そんな時間が延々と続いた。十歳にも満たない少女は七年間、奴隷的立場というものがどういうものなのか、その身を持って知り尽くしてしまった。
 最も傷ついた人などと称される彼女だが、それは大袈裟どころかまだ大人しいくらいだ。今の時代、ここまで残酷な扱いを受けた者はそういないだろう。現に彼女は、心身ともに数多の傷を負った。人格が歪んでしまうほどの傷を、無数に刻まれた。
 そんな彼女が初めて奴隷としてではなく、人間として買い取られたのは、彼女が自分が買われた数を数えるのを止めて、しばらくしてからだった。
 彼女を買い取ったのは、とある組織の総統。不可思議な恰好をした大男だった。

「おやおや、話には聞いていましたが、これは酷い。よくここまでの傷を受けて、人としての理性を保っていられるものです」

 男が第一声に発したのは、そんな言葉だ。
 今まで、彼女を労わるような言葉をかける者も何人かいたが、それは最初の上っ面だけだ。幼少期はそんな言葉をかけられただけで簡単に騙されたが、今はもう、何も信用していない。
 なのだが、この男は、今まで相手にしてきた男とはどこか違う感じがする。そもそも人間として、どこか外れているようにすら思えてくる。

「Nも相当人として壊れてはいますが、あなたはそれ以上ですね……いや、あなたの場合は、壊されたと言うべきでしょうか」

 言いたい放題言ってくれる男だが、言っていることは的を射ている。それに、もし見当違いのことを言っていようが、レイは反論できない立場にあり、またするつもりもない。
 レイが黙っていると、男はここからが本題だとばかりに、言葉を発する。

「あなたには、力を貸して頂きたい」
「力を、貸す……?」

 一瞬、意味が分からなかった。今までそんなことを言われたことは、一度もなかったからだ。

「ええ、力です。あなたには強い力が眠っている。それは生まれついての才覚なのか、それとも今までの受難による憎悪なのか、それは定かではありませんが、それでもあなたには、世界を変えるに値する力が備わっているのです」

 男は両手を広げ、まるで演説でもするかのように続けた。

「ワタクシは世界を変えるため、強大な力を秘めた人材を探しています。あなたの存在もその過程で知り、今こうして接触しているのです。あなたも身を持って知っているでしょう? この世の闇、穢れきった世界を。真実も理想もないまぜとなった、混濁した世界を! ワタクシはそのようなものが許せない。この世界を支配し、この世の悪を正していくのです」
「…………」

 大袈裟だと思った。確かに彼女は、まだ成人すらしていない身でこの世界の暗部と言えるような部分を嫌というほど見てきたが、世界を変えたい、支配したいなどと思ったことはない。
 だがそんな彼女に構わず、男はさらに言葉を紡ぐ。

「あなたも感じたことはありませんか? 憎悪の念を抱いたこと、復讐心に駆られたこと、破壊衝動に見舞われたこと……挙げればキリがありませんが、あなたから沸き上がる負の感情を、どこかにぶつけたいと思ったことはありませんか?」
「……別に」

 口でそういうものの、まったくないというわけではなかった。奴隷としての扱いを受けるうちに、彼女の心は完全に閉ざされた。絶対零度の如く、彼女の心は凍り付いている。よっぽどのことがなければ、負の感情など溢れはしない。

「ともあれ、ワタクシはあなたの力を欲しているのです。ですが強制はしません。ワタクシに付いていくかは、あなたが決めることです。勿論、ワタクシの力となるというのなら、それ相応の対価は払いましょう」

 強制はしない、というが、彼女に選択肢なんてない。ここでこの男の申し出を断れば、彼女は奴隷市場に逆戻りだ。それを分かっていて、この男はこんなことを言っているのだろう。
 彼女が選ぶのは、正体不明の謎の男に付き従うか、人を物としか思わない下郎に従事するかの二つだ。
 彼女は俯いて黙っていたが、やがてゆっくりと口を開く。

「……さっき、対価を払うと、言いましたか」
「ええ。あなたが望むものなら、なんであろうとあなたに授けましょう。ただし、ワタクシに従うという条件付きですがね」

 そんなことは言われるまでもなく分かっている。なので男の言葉を聞き流し、彼女は自身の体を男に晒す。

「……体の、傷」

 人間には様々な嗜好が存在する。その嗜好を満たすことに従事してきた彼女の体は、傷だらけだった。
 切傷、裂傷、刺傷、挫傷、咬傷、擦過傷、挫滅傷、熱傷、凍傷、電撃傷、打撲——全て挙げればキリがないが、彼女の体には顔以外の全身くまなく様々な傷跡が残されていた。現代の医学ではどうしようもないほどの傷。女体とは思えないほどその身はボロボロで、よく今まで生きてこられたと、正常に発育できたものだと思うほど酷い傷だった。

「この傷、治せます、か……?」

 無理。普通ならそんな言葉が返ってくるだろうし、彼女も自分で言ってこの傷が治るとも思っていない。正直、治そうとも思っていなかった。
 だが、男は、

「ええ、いいですとも。傷の治療ですね」

 と、答えた。

「ワタクシの組織には優秀な科学者がいます。その程度の傷なら、跡も残さず完治することでしょう」

 予想だにしない返答だったが、これで彼女と男の契約は締結された。
 以後彼女は、プラズマ団という組織でレイと名付けられ、やがて7Pという上位の立場に座することとなる。
 戦う奴隷として英雄なる者たちと争ってきた彼女は、その戦いの最中、押し留めていたはずの感情が流れ出てしまった。だからか、彼女は英雄たちに対して、過度な嫌悪感を抱くようになる。
 特に暴君と呼ばれる同世代の男。彼と戦っていると、無性に苛立ちが募り、奴隷としての記憶が蘇る。
 苛立つから記憶が蘇るのか、記憶が蘇るから苛立つのか、彼女には分からない。だが彼が彼女の心をかき乱す存在であることははっきりしている。
 けれど同時に、認めたくはないが彼には少し期待していた。あの男に対して抱いた淡い期待は儚く散ったが、もしかしたら彼は違うかもしれない。無駄だと思いつつも、そう感じてしまう。
 彼なら、自分が求めているかもしれない何かを、教えてくれるかもしれない——