二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 559章 発芽 ( No.817 )
- 日時: 2013/03/28 19:18
- 名前: 白黒 ◆QpSaO9ekaY (ID: H6B.1Ttr)
- 参照: http://www40.atwiki.jp/altair0/pages/308.html
「あ、う……」
よろめくイリス。
リーテイルが翼を失った。
何度見ても、この事実は彼には受け入れがたいものだった。
プラズマ団との最初の決着と言える大戦を終え、虚無感のみの抜け殻のようになってしまったイリスに希望の光を差し込んだのは、紛れもないリーテイルの進化前、リープンだ。
ある意味では最初のポケモンよりも思い入れの深い、もっと言えばイリスが初めて、はっきりとポケモンに救われた時に出会ったのがリープンだ。
最初は非力だったが、リーティンに進化してからは器用になった。ホワイトフォレストでリーテイルに進化してからは、飛行能力を得た。大空を翔るリーテイルの一対の葉っぱは、彼の象徴のようなものだった。
だが、それもハサーガによって喰い千切られてしまった。
その拍子にリーテイルはハサーガの拘束から逃れたが、だから何だと言いたい。
翼がなくなれば、エアスラッシュもリーフストームも撃てない。飛行できないからリーフブレードだってロクに当たらないだろう。となると残るはドラゴンビートのみ。たったそれだけで、ハサーガが倒せるはずもない。
終わった。この時イリスは、はっきりとそう感じてしまった。
「……ふん。ハサーガの力に耐え切れなかったか、脆弱な翼よ。ここまで我を追い詰めた貴様の力は評価と同時に脅威に値するものだが、ここで終わりだ。我らの手で引導を渡し、砂漠の屍にしてやろう」
絶望するイリスに追い打ちをかけるかの如く、地中からハサーガの頭が四つ飛び出す。
「ハサーガ、ぶち壊す!」
そして四つの頭がリーテイル目掛けて同時に特攻をかける。凄まじい勢いで突っ込んで来るハサーガを、リーテイルは避けない。否、避ける力が存在しない。
「リーテイル——!」
全てを破壊する砂漠の大蛇。四つの頭から繰り出される一撃は、飛ぶ力を失ったリーテイルすらをも、完膚なきまでに破壊する——はずだった。
突如、ハサーガの頭が全て弾き飛ばされる。
「っ!? ハサーガ!」
フルパワーで突撃したハサーガが、いとも容易く吹き飛ばされ、ザートは目を見開く。いや、そうでなくてもリーテイルにはもう攻撃手段がほとんどない、ハサーガに反撃する術はないはずなのだ。
ザートはリーテイルが翼を失った瞬間、そしてイリスが絶望を感じた瞬間、勝利を確信した。
武器のないものが勝つ戦いはありえない、というのがザートの持論である。そして翼を捥がれたリーテイルに残された武器は、龍の咆哮のみ。それだけではハサーガを倒せないと思っているのは、ザートもだ。
だがザートは失念していた。真実の英雄が持つ最大の武器は、成長だということを。
「これは……!」
「リーテイル……?」
ハサーガを吹き飛ばしたものの正体。それは、無数の植物だった。砂漠から生える根っこの如き強靭な植物。それが力強く躍動している。
イリスはこの技を知っている。実際に見たのは初めてだが、父親から聞いた事がある。イリスの初代エース、ダイケンキの必殺技、ハイドロカノン。それと並ぶ、草タイプが誇る大技。
「ハードプラント……!」
イリスは図鑑を確認する。確かに、リーテイルはリーフストームを捨てた代わりに、ハードプラントを習得していた。
この危機的状況で、自らの翼を失ってもなお、リーテイルは諦めていなかった。その諦めの悪さ、執念が、リーテイルに答えたとでも言うのか。
「……そうだね。諦めたり、絶望したりすれば、そこでバトルは終わっちゃう。当たり前のことだけど、忘れてたよ。君にはトレーナーとして大切なことを思い出させてもらってばかりだよ、リーテイル。ありがとう」
リーテイルは視線だけをイリスに向けた。
次の瞬間、リーテイルは緑色のオーラを身に纏う。するとリーテイルの背中には、喰い千切られたはずの葉っぱが新しく生えた。
ハードプラントは植物を操る技。その力を利用し、失った自分の体を再生したのだろう。
「馬鹿な、この枯れた砂漠にまだ生命の種があるなど……!」
新たな技を覚え、翼は修復し、戦う姿勢も強固となったイリスとリーテイルを目の前に、ザートは歯噛みする。
「だが、事態は振り出しに戻ったにすぎん! 貴様では、我がハサーガを捕えることは出来ないのだ! ハサーガ、ドラゴンバイト!」
ハサーガは地中から四つの頭を出現させ、一斉にリーテイルを襲わせるが、
「捕えることは出来ない、か。果たしてそうなのかな。リーテイル、ハードプラント」
刹那、リーテイルは咆哮を上げる。ドラゴンビートとは違う、まるで何かを伝えるかのような叫びだ。
その叫びの直後、地面が揺れ、同時にハサーガの動きも止まった。
「なっ……どうしたハサーガ! 如何に草タイプ最強の技を覚えようと、奴の体力は限界だ! 早く仕留めるのだ!」
「それは無理だ」
焦るザートと、落ち着いたイリス。もはや二人の強さの関係は、完全に逆転していた。
「もうハサーガ、捕まえた」
イリスが言うと、地中から巨大な化物が飛び出した。ハサーガだ。
ハサーガは多くの植物に拘束され、地中から引きずり出されてしまった。
「な、なんだと……!? まさか、我がハサーガが、こうも容易く引きずり出されるなど……!」
驚愕するザート。確かに、普通にハードプラントを使用しても、このハサーガの巨体を引きずり出すのは容易ではない。だが、
「リーテイルは一度、背中の葉っぱを喰い千切られてるからね。あのダメージは相当なものだ……でも、だからこそ、今のリーテイルは普通じゃない状態だ」
「……っ! 深緑か……っ!」
特性、深緑。
リーテイルがイリスのエースであるという象徴のような特性だ。この特性は、体力が残り少ない時、つまり危機的状況にある時、草タイプの技を強化する。
この特性で数々のピンチを乗り越えてきたのだ。この力で、ハサーガも倒す。
「ぐ、ぬぅ……! まだだ、まだハサーガはやられてはいない!」
ザートの叫びに応えるように、ハサーガは少しずつ植物の拘束を解いていく。完全に脱出するには時間がかかるが、頭を動かすだけの隙間は出来た。
「ハサーガ、ドラゴンバイト!」
そしてここに来て、ハサーガは全ての頭を解放する。五つの頭を総出で伸ばし、牙を剥いてリーテイルへと襲い掛かる。
「……驚いた。あれだけ縛ったのに、まだ動けるなんて。それだけお前の信念は固いんだろうけど、残念だ。それがプラズマ団に加担していなければ、素直に感心できたんだけど」
そして、イリスとリーテイルも、五つの首を持つ砂漠の大蛇を迎え撃つ。
「リーテイル、ハードプラント!」
刹那、地中から数多の植物が姿を現す。蔦や根、蔓、茨のようなものまで、その種類は多種多様。
それらの植物は、途轍もない勢いと、凄まじい気迫、そして怒りの形相で襲い掛かる大蛇へと向かう。
大蛇と植物がぶつかり合うが、結果は目に見えている。数でも強さでもハサーガはハードプラントに勝てない。ハサーガは数多の植物に飲み込まれ、戦闘不能となった。
「なんということだ……我がハサーガが、敗北するなど……!」
思わず手と膝を着くザート。その先には、大量の植物に埋もれて動かなくなった、ハサーガの姿がある。
イリスはリーテイルをボールに戻すと、ザートへと歩み寄った。
「お前はもう終わりだ。約束してたわけじゃないけど、教えてもらうよ。ゲーチスはどこ?」
イリスはザートを見下ろしながら言い放つ。しかしザートは、悔しそうにしながらも、自棄になったような、それでいて勝ち誇ったような眼差しで、イリスを睨む。
「誰が貴様などに言うものか。我の目的は、伝説のポケモンの力を世界に示すことだ! 我が負けたところで、我の目的が潰えるわけではない! この古代空中都市が、ジャイアントホールに到着するまで、我々は貴様たちを足止めすればいいだけのこと! そしてジャイアントホールに着けば、ゲーチス様が、必ずやキュレムを復活させ——」
そこで、ザートの言葉は止まった。
がくん
同時に言いようもない感覚がイリスたちを襲う。言うなれば、今まで動いていたものが急に止まったような感覚だ。
「っ!?」
「……着いたか」
驚くイリスを余所に、ザートは今度こそはっきりと、勝ち誇った笑みを浮かべる。
そして、古代空中都市プラズマ・シティは——停止した。