二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: LILIN  ( No.9 )
日時: 2012/01/04 22:42
名前: そう言えばこしょうの味知らない (ID: TQ0p.V5X)

気分が沈んでいる時、彼は大抵この場所に来る、という事をスミレは知っている。

別に彼自身の特別な場所ではない、単に外気に身の苦悩を溶かしてしまおうという謂わば“人が黄昏ていたい”という感情によるものだろうとスミレは考えている。それは良い。だが、自社ビルの屋上であろうことか缶コーヒー片手に仕事をサボりやがる輩にはさすがの彼女もあまり合点が出来ないでいた。が、それでもたぶん許している部分があるのかもしれない。

「これ、こんなとこで何遊んでいるんだ?」

屋上の扉を開けるのと同時にスミレは声を放った。その場所に居るであろう彼に。
--------案の定、零時はすぐに彼女の声に反応した。

「仕事抜け出して、秘書に託すようになったら最後。次期司令官は貰ったな」
「スミレ……あぁ、すまない。すぐに戻る」

腰程度の高さである鉄柵にもたれ掛り、零時は答える。
予想通り、ゴールデンマウンテンを右手に腕を組んで置き、それを支えに腰を落としている。その姿を傍から見れば、いやスミレから言わせてもらえば、

「毎回このシチュエーションのたびに思うんだけど。よくそんな背中縮こまるもんだわ。物理的にも」
「これは猫背なんで、デスクワークもあながち侮れないものだな。お前も飲むか、コーヒー奢るぞ」

結構、スミレはそう言ってため息をし、零時に寄って同じく鉄柵に重心を預ける。
……こりゃ、しばらく動けない姿勢だろとか思いながら。

「止めといたほうがいいぜー、他人にそこまで気を遣うの。今回の臨時会議でも、先の要求こそ通せど、零時自身結構な譲歩したって……ダメだっていえば考えたのに」

普通に予算不足なら、先ほどの部品調達の件を断ればよかったのではないだろうかと彼女は思う。無理に自分だけ悪人になるかたちで振る舞われるとなんだか、逆にこちらが心配になってしまう。

「考えたって湧いて出てくるようなものではないだろう? いいんだこれで」

部品、用品、を気にする暇があるなら仕事しろ。ということにスミレは聞こえたような気がした。

「……あのねぇ、ぶっちゃけ私の仕事わかってる? 魂が抜かれているから暴れない、とか非科学的な言い訳に押し付けられて、どこの馬の骨なのかもわからない嫌に生々しい有機物にモーター類を突っ込む作業なんだぜ? 普通におもちゃ会社に勤めた方がましだったわ」

スミレの頬が膨れ上がり、ふてくされる。しまったとも思ったのか、零時はすぐに話題を変える。

「それにしても臨時会議があるたびに落ち込んでいるのか、俺は」
「何よりも、ここに来てる時点で、また何か阿呆なことした様にしか思えないってのが私の推測。てか、その前に司令課の連中から電話で、大変っすスミレさん! 零時さんが------のとこでヤツはやらかしたのだろうと」
「あぁ、もはや、やらかした方で愉しんでいるのだなお前は。それで?」
「その後、“それでもテキトーに仕事やっときな”って言っておいよ。失敗しても矢雨が降ってくるのは上司の方だし」
「おい、待て。それではお前が原因なこともあるのか」
「今年の新入社員にも社訓の一つとして教えといたよ。しっかし、呑み込みが早いのかもう3例とんでもないことが」
「そうか……お前に近づくたびに屋上フラグが増えているの……だな」

今の一言は涙声が混じっても可笑しくないだろう。
“アメ”を入れ込むには、ちょうどいい頃合いである。

「まぁまぁ、そんなヒステリックになりなさんな。ほれ、アメ舐めな」

まぁ、そのままなのであるが。ポケットから彼女は取り出す。

「えっと。今回もありがとう、零時。毎度ですがお礼です」
「……こりゃどうも」
「ついでに今回は何について慰めてほしいよ?」
「うむ、そんなことよりも、俺を筋肉隆々の輩に育ててくれ」

零時が手の中のアメを強く握る。

「却下、またそんなことなの?」
「…………………」
「あ〜、分かった分かった、だから無言で黄昏るなって。何? どーゆーこと?」
「聞いてくれ、上層部のほとんどの連中が休日に合同ボディービルディングを……ってなんだ、それがイマドキ接待なのか? 全面的に私に喧嘩売ってるとでしか思えないだろう。喧嘩? いや違う、威圧だ そうだそうだ上からの威圧以外の何物でもない」
「どこに避難する要素があるんだか……大体そうゆう人たちに物言いできなくて、何がせ・ん・りゃ・く指揮官さ。何もそこまで押し込まれるような身分でもないんだし。もっと前にでるべきなんじゃないの?」
「もう、死にてぇよ」

首をがっくりと落とし、零時が俯き始めてしまう。

何と間抜けなことで勤務時間を……と、スミレは呆れた。
顎を鉄柵にくっつける。
屋上から見える、夕日のオレンジ色に染まったジオフロント内。実際のところ、天井となる特殊装甲の仕様でこの地下施設に、本来の空の色を70%まで影響させることが可能になった。

ついこの前まで、ここは夜一色。月明かりもない闇の地下世界に地上の光が入るきっかけになったのは零時の決断故だったのを思い出すと、その前にスミレが彼にここの外はいつも暗くて感覚が狂うと言ったことも思い出した。

「ところで、スグルたちはどうした?」
「ちゃんとエントランスの改札まで送ってきたぜぇ。あとは自分たちで帰るからスミレさんはお仕事に戻ってくださいって……殊勝だと思うなぁ」
「うるせぇ。 こっちだって色々ある」
「相変わらず子供だな」「だから言うなよ」

夕焼けの色に溶け込んでしまうほど薄い困り笑みで零時が放つ。
案の定、二人はまだ屋上の鉄柵に乗り出したまま。先ほどから一歩も動いていない。

「仕事ねぇ……何しているのかも分からないのに。嫌なとこだけ鮮明に分かっているんだ。ほら、あの生々しいロボットの内部構造とか」

知覚ピントが外れてるって、全く。そう呟いたスミレは同時に目を虚ろにする。

「あの例の上層機関が何をたくらんでいるのかも」
「親会社に対して酷い言い分だな」
「違う、そんなつもりはないけど……どうにも納得できない節がある」

零時は目の前の夕日色に染まった3kmくらい遠くの地下壁面からスミレに目の焦点を合わせる。オレンジに塗られたそのまだ幼さを残す顔だちをまじまじ見ると、零時はなんとかはぶらかそうと口を開く。

「まぁ、あのようなの物を作らされているのだから確かにそう思うだろうが、思う価値すらないと思うぞ」
「何ぃ言ってんだ。価値がないものを作ってはしょうがないぜぇ?」
「いや、それを気にする人物が少ないという点でたぶんお前にも意味がないものだろうと。そーゆう事だ」

なんのこっちゃ。とでも言うようにスミレは彼の言葉を無視する。

「イマイチうちの業務内容が分かれてない気がするんだって、それだけさ〜」

さも詰まんなさそうに語尾を伸ばす。
確かに、スミレの訴えには零時自身にも覚えがある。彼もまた、彼女と同じ疑問を持っていた時があった。もちろん、今も“全て”をわかっている訳ではないが。

「どうだろうが、給料もらえりゃいいからな、俺」「嘘付け」

誤魔化すどころか惨敗にあった零時はバツの悪そうな顔する。
寄りかかった鉄柵や流れる冷気が体温を奪っていく中、二人はずっと寄り添っていた。