二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: たからものの死臭 【鋼錬】オリキャラ募集中! ( No.10 )
日時: 2011/08/28 15:56
名前: 一条夏樹 ◆iYEpEVPG4g (ID: l4scGqhv)

          

 立秋        長編付属 Short story
         





    
 白雨が薄く降っている。さらさらと、そんな表現が正しいかもしれない。霧のように陽のひかりを反射して、雲の合間から絶え間なく冷たい水となって誰の目にも見える湿りをつくりだしていた。——そんな、朝。
 
昔から、寂しいとか、悲しいとか。そんな感情なんて知らなかった。確かにそれは愛の無い世界だった。父さんも母さんも誰もわたしに愛情を教えてはくれない。愛情を知ってもその実物がわからない。愛を理解できないからそれが無いことによる空しさやそのほかの不の感情を持つこともない。矛盾した感情の吹き溜まりを何処にぶつけていいのかわからなくて、次第に押し殺して行くうち人に関係を求めることをやめた。ひとりきりでも生きていけるという確信を手に。
 
 私は結局何が欲しかったのだろう。他人と必要以上に親しくならずとも、必ず閉鎖された空間では繋がりが必要とされる。プライド以上に疎外されて何の権限も認められなくなる方が怖かった。誓い言も既にばらばらに砕けていた。なるべくなるべく、井戸の中の蛙でいられるように。外の世界に何があるのかを知ってしまったから、もう出られなくなってしまった。手を伸ばせばそこにある空が、海が、人が。とんでもなく憎い存在に思えて。そんな自分が、嫌いだった。
 
 無駄の無い構えで間合いを取りながら真っ直ぐ空間を見つめる。しんと静まり返った部屋は床の軋む音さえ精密に、かつ集中を途切れさせないように捉えた。鞘から蒼氷を抜く。薄暗いこの場所でもひときわ端麗にその身を銀に光らせた。空気の循環というものはごく僅かに少しづつ行われるもので、刀から放出された冷気は足元だけを急速に冷やしていく。瞼を閉じて、刻み込まれた型をひとみに焼き付ける。空気を切り裂く音だけが耳を支配した。ほんの数秒の出来事は、私にはそれにこの世のあらゆる全てがつまっているのではないかと思えるほどの色を残していた。何十年も何百年も、一瞬のうちに流されてしまったかのような。

剣術だけが唯一心が安らぐ時間だった。今まで張り詰めてきたギリギリの感情を思いっきりぶつけた。何もいらない、ただそこに刀があって、それにすべてを乗せて手の届かない大きな外へ逃す。それだけの行動。部活に入ってみたはいいものの、つまらなくて何度も行っていない。つまらないだなんて怠惰な愚痴を零せるのも私が傲慢なだけであって、彼らに非はないしむしろ尊敬に値する。
「普通じゃない。」「人の気持ちを考えたことあるの?」
何度も言われた、否定はしない。本当に私のほうがつまらない人間だ。何も間違ってはいない、けれど。刀身を鞘に納めて息を吐いた。途端に現実が舞い戻ってきた。
      
 償いは夢となり覚めることはなく、ただ宙にふらりと浮かびながら掴めないそれを必死で追い続けている。自ら重みに耐え切れなくて折った翼を、ほんのちいさなプライドのために傷つけた足を、矛盾して矛盾して矛盾して、それからみつけた探し出す為の理と愛を。そうね神なんていないのかもしれない。信じているのは愛しているのは彼女だけ。
 
 皮肉にも私はこの時初めて愛を他人に送った。
「クロちゃん。」懐かしい呼び声が聞こえてくる。何度も何度も。次第に大きくなっていく。無くしてからそれが愛だということに、そして彼女が私の友であったことに。やるせなさを感じながら絶望に身を投げた。もし、できるなら、またもう一度、やり直せるなら。何を失ってもいいから骨になってしまった彼女を元に戻してほしい。








 
 本気で思っていた。全くもって可愛い話だ、馬鹿馬鹿しい。
       
 後悔をしているかと聞かれたら、もちろんYESと答えるだろう。だけどそれまで。彼女の為に私は私の人生すべてを棒に振ろう。白い花で飾られた、青白い顔の彼女を埋葬したあと。遺影で静かにわらう彼女を。居ない人の為に私は償いそして後悔し続け悲しみ続けよう。一生を賭けて盛大な鎮魂曲を、彼女に。
        
 玄関に続く障子を荒く開いた。ああ、そういえばまだ庭の手入れが済んでいない。似つかわしくない金の髪を解いて、すっかり止んだ雨の雫が屋根からぽたりと手のひらに落ちる。(いきている)生と死の狭間で、私も彼女も。箒を持ち出してもっと楽にできないかしらと罰当たりな事を考えながら、露を残す黄色い落ち葉を見つめた。