二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: たからものの死臭 【鋼錬】オリキャラ募集中! ( No.14 )
- 日時: 2011/08/28 18:11
- 名前: 一条夏樹 ◆iYEpEVPG4g (ID: l4scGqhv)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel3/index.cgi?mode
花と如月 長編付属 Short story
※グロ注意
両親が残してくれた喫茶店は、今も変わりなく営みを続けている。夜にはちいさな明かりが灯り、仄かに桃の香りが漂う。来店するお客さんはいつもと変わらぬ顔ぶれで、癒しを求めてここにやってくる。喫茶「桃子的花」——通称タオファ。私の唯一の、大切なもの。
「それで、今日はどうされたんですか。」
いつもと変わらぬ掛け言葉。口元に微笑を浮かべ、話に耳を傾ける。最初に断っておくが、ここは洒落たバーでもなければキャバレーのママなんてやっちゃあいない。私が自主的に、お客さんの話を聞いているだけ。誰だって辛い時もある、それを一番良く知っているから。両親にも何度も何度もそう言われた。人も自分も大切にしなさい、誰かが不安になっていたら助けてあげなさい、聖人になれとは言いません、ただあなたには幸せになって欲しいの、お願いわたしの優しい子、母の穏やかな笑顔は、今でもこの目に焼きついている。
人は貪欲で、愚かで残酷だと悟ったのは6歳の頃。世界の全ては母や父であり、同時に私の全ても両親そのものだったのだ。それを奪ったあいつ等を、きっと一生憎んでいる。忘れることなどいつ何時もありはしない。そんなこと絶対にあってはならない。いつだってこの頭を離れない、漂う鉄の臭いと顔もわからなくない程ぐちゃぐちゃにされて、骨も筋肉もばらばらで。眼球すら抜き取られかつて優しい瞳があったはずの其処には黒い空洞が宙を見つめている。赤黒くて、きたない、吐き気がして、それを両親だと認めたくなかった。出掛ける前に見た母の赤いチェックのエプロンと、父が朝食肌身離さず持ち歩いていた銀色の腕時計、それを見たときの絶望といったら。「おかあさん、おとう、さん、」なんで寝てるの、ねえ早く起きてよ、あ、あああああああ。
逃げ出したくて怖くて理解できなくて必死で走った。景色なんて全然目に入らなくてどんなに目を擦ってもどんなに涙を流してもきえない光景が反転しては映る。どこまで来たのか分からなくなって疲れて倒れた。膝が赤い。血だ、そうだ、怪我をすると、血が出て痛いんだ。じゃあお母さんとお父さんは?痛くて痛くていっぱい血が出たの?そしたら、どうなるんだろう、・・・・・・そっか。「しんじゃう」んだ。私も死ぬのかな、嫌だな、でももうどうでもいいや。擦り剥いただけの膝と手がそこにはあるだけ。それから意識を失って、ふと気付けば病院の一室だった。嘘なら夢なら、どんなに。
「花咲さんは、とんでもなく悲しい事があって、それを理解できないことって、ありますか。」
客の一人が訊いてきた。その人はいつも週末に来る温厚そうな30代のサラリーマンで王さん、という苗字らしい、少し料理を啄ばんでは愚痴や家族の事などを零す。お馴染みの常連さんだ。
「・・・そうですね、ありますよ。」
「そんな時って、どうしましたか。」
カウンターを移動して珈琲豆を挽く。芳ばしい香りが辺りを包んだ。この人は、何故そんなことを訊くのだろう。私はそんなに悲しい顔をしているだろうか。
「どうしたって言ってもですね。私の場合、心が空っぽになった気分で何も考えられませんでしたね、だから——何もしていなかった、ということになると思います。」
「ありがとう。今まで自分がおかしいのかと思いましたが、同じような気分です。」
「何か、そんな悲しいことがあったんですか。」
王さんは伏せ目がちに言葉をとめた。なんだか彼がとんでもなくちいさな存在に思えて、同情したくなった。救いたい気分なのに、その人を救うことはできやしない。私にできるのはせいぜい、話を聞くことぐらい。
「・・・・・・・・・娘が、いえ、」
「ごめんなさい、変なこと訊いちゃいましたか。」
「いいんですよ。先週の水曜なんですけどね、今まで憎たらしくてしょうがない子で、何かにつけては口論ばかりしていたんです。ホラ、前にも一度話しましたよね。でもそんな子でも、愛していたんですよ。子を愛さない親なんて、いませんから。なにぶん急なもんで、友達と出掛けるといったきり。2tの大きなトラックで、撥ねられたそうです。」
後悔ばかりしてます、そう話したあと、王さんは席を立った。親を失えど子を失えど肉親とはもう体の一部のような存在なのだ。彼もわたしもそれを失くしてしまった。引っ張られて一緒に剥ぎ取られたもの数え切れない程たくさんあって、それは感情だったり笑顔だったりもっともっと大切な何かだったり、死んでしまった人と一緒に何処かへ行ってしまった。今日も明日も、その次も、私達はただ、空っぽになったこころを抱えて生きていくしかないのだ。からん、と店のベルが音を鳴らした。願わくば、此処に訪れる全ての人に幸あらんことを。私のような人間に、なってしまわないことを。