二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

[ 吹雪と彩音] ( No.68 )
日時: 2013/07/15 20:03
名前: ゆう ◆Oq2hcdcEh6 (ID: pvHn5xI8)

 ふつりと意識の途切れるまえに、決して濁ってはいない、綺麗な灰色の瞳が見えた。やさしい笑顔が見えた。あたしの名を呼ぶ、やさしいやさしい声が聴こえた。
 またね、彩音ちゃん。彼があたしに笑いかけたのは、それがはじめてだった。

 ——あたしはきっと、独り善がりだったのだろう。そして悲劇のヒロインぶって、泣き叫んでいた。今思い出せばあの頃のあたしは馬鹿馬鹿しくて、哀れでならない存在だったと思う。
 幼馴染が家族という存在に囚われて、あたしのことを見放したように感じて、ひとりぼっちになった気分で、叫んで! 救ってあげようと差し伸ばされた手でさえも、首を振って拒否をした。
 あの頃のあたしはきっと、孤独でいることが、悲劇のヒロインでいることが、正しいことなのだと思いこんでいたんだ。

 それが間違いだと気付いたのは大人になった今更で、かつての仲間と再会を果たしたときだった。


「彩音ちゃん、変わったよね。見てて心が温かくなるくらいに。良い変化だと思うよ」


 所謂癒し系、というのだろうか。やさしい声でそう言って、彼、——吹雪君はその声によく似合う、優しい笑みを浮かべた。
 いい風に変わったという吹雪君に首を傾げながら、自分でも変わったなあとは実感していた。それが良い風なのかどうなのかはよくわかっていないけれど、確かに自分は独り善がりなあの頃からずいぶんと成長したように思う。

 頼ることを知り、我慢しなくてもいいことを教えられて、何よりも、仲間がいるあたたかさを覚えた。
 自分だけが我慢すれば良いのだと思いこんでいたあの頃のあたしの、知らなかったことを、今のあたしは知っているのだ。

 それが良い変化だというのなら、これからもそれを忘れることなく生きていけばいいんだろう。小さく頷いて、吹雪君に笑いかける。
 吹雪君もにこりとしたまま、頷いた。


「彩音ちゃんはほんとうに柔らかくなったね。あの頃もたしかに柔らかかったけど、今の方が断然良いな。……いや、あの頃のキミを否定するわけじゃないよ?」
「うん、……でも、よかった。吹雪君、なんとはなしにあたしのこと苦手をしてたみたいだったから、蟠りがなくなったみたいで」
「あ、わかってた? 多少は苦手だったんだ。彩音ちゃん、優しそうなのに棘がある雰囲気で……。でも今は、そんなキミも素敵だったなあと思うよ。まああの頃はボクも子どもだし、優しい子ばかりに惹かれるのは仕方ないことだったんだけどね」


 苦笑する吹雪君に頷きながら、改めてあの頃を思い返す。今、このとき、この場所まで来られたのは、ほんとうに奇跡の連鎖だったんだと思う。嬉しくもあり、怖くもある。
 ——もしあのとき、あの瞬間に、あんなことが起こっていなかったら、と。
 今のあたしたちがいるのは奇跡が連鎖してこそであり、決して必然の運命にあったわけではない。今生きるこの世界こそ、偶然でできた世界なんだろうと思う。
 だって誰も思わないでしょう。部員が足りないとさえいっていた弱小サッカー部の部員が、全国大会どころか、世界にまで進出するなんて!


「でも、今日キミと会えてよかったよ。キミのこと、少し心配してたんだ。優勝以来、会ってなかったしね。でも、大丈夫そうでよかった」
「……ああ、あのことか」
「うん。でも、大丈夫。ボクは力になれないかもしれないけど——円堂君がきっと、キミの力になってくれる。絶対にそう思う。だからキミは、」


 これからも、変わらないで。
 そう笑った吹雪君の顔はやっぱり優しくて、とろけそうなほどに甘かった。……なるほど、あたしは思いのほか、いろんなひとに愛されているんだなあ、と漠然と思う。でもこれは自意識過剰な思い込みじゃなくて、ほんとにそう。
 だって、仲間って愛し合ってこそなれる存在でしょう? あたしも勿論、みんなのことを愛しているから。仲間だと、思っているから。


「じゃあまた会おう」


 そう言って笑った吹雪君の顔は、初めて笑いかけてくれたそのときと変わらない、やさしい笑顔だった。






変わってほしかったキミと、変わらないでいてほしいキミのはなし

吹雪君ってこんなキャラだったっk。
あんまり文章の書き方は変わらないんだなあと思いました。