二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 貴方なら、どう攻略する?【神童拓人root】 ( No.55 )
- 日時: 2012/04/02 20:06
- 名前: sicrama;ほだす ◆w6bR1QqEtU (ID: vOrEmgsE)
〈神童拓人root.Episode1.Prelude〉
「悪い、霧野。音楽室に楽譜忘れた」
放課後。サッカー部の練習を終え、友人の霧野とともに下校していた所、電撃のように自分の脳が忘れ物に気がついた。
「校門で待ってるよ」
先に帰っていていい……そう言おうと思っていたのだが、霧野はそれを解っているのか、呆れた顔で待っている、と言った。
「ああ、すまない……」
霧野を待たせては悪いと、音楽室へ向かう足は自然と足早になる。こんな時、音楽室が一番上の階にあることを恨みたくなる。
そもそも、何故俺が、音楽室に楽譜を忘れたのかというと、原因は一ヶ月後の合唱コンクールにある。雷門中学では毎年、クラス対抗の合唱コンクールが行われている。各クラス課題曲、自由曲の二曲を歌い、審査員に勝負を審査してもらう……というものだ。
神童は、ピアノを弾くことが出来るため、伴奏者に抜擢されたというわけだ。今日も、昼休みに楽譜を広げ、練習に励んでいた。
ふと、思考が途切れた瞬間——聞きなれた音が耳に入った。
「ピアノの……音?」
それは、目的地に近づくにつれ、大きく……鮮明に聴こえる。ただのピアノの音ではなく、一つ一つの音を繋げた——律だった。
その律は、とても優しく——まるで、総てを包み込んでくれるような柔らかい律で……とてもとても美しくて——儚かった。
「……誰だ?」
合唱コンクールでは合唱ももちろん聴くが、どちらかと言えばピアノの方に耳を傾けてしまう、神童である。弾く人弾く人で、律が変わるのがとても面白いからだ。律が、その人を表している——とでも言うのだろうか。
この演奏者は、とても優しくて……繊細で。独特の雰囲気を醸し出していた。
そして。神童は。その答への扉を[開いた]
ピアノの椅子に腰掛けていたのは——同じクラスの、成宮日向子だった。
「しっ、神童……?」
成宮は神童の姿を捉えると、すぐに演奏する手を止めた。
「綺麗な……律[オト]だな」
神童は成宮をじっと見つめると、手を叩き、感想を述べた。喉から出た音は、漏れ出るような声で、わざとらしさはこれっぽっちも感じ取れなかった。
「アンタッ……何でここにいるのよっ?!」
成宮はそれを無視し、何やら慌てた様子でワタワタとピアノの片付けを始めた。
神童は、そんな成宮の様子をくすりと笑うと、
「楽譜を忘れたんだ。……邪魔して悪かったな」
悪かったと謝っているのに、何故か成宮の元へ近づく。
「これか……ハイ、神童」
成宮は、ピアノの上に置いてあった楽譜を神童に渡すと「鍵閉めててね」と言って、部屋を出ていこうとした。
「成宮って、ピアノ弾けたんだな。……続き、弾かないのか?」
ピクリ。成宮は肩を震わせ、立ち止まると、辛そうな顔で——それこそ、神童が曲想から読み取ったように、小さく笑うと、嘲るように言った。
「弾かない……いや、弾けないんだ」
成宮は、次こそ歩みを強めると、無言で去っていった。
「弾けない……?」
まだ練習中で弾けない、という意味なのかと考えたが、違うような気がした。
まるで、[弾くことを怖がっている]かのようだと。