二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re:  冬結晶. 〔 inzm・東方小説集 〕 ( No.112 )
日時: 2012/04/19 20:22
名前: 紅闇 ◆88grV3aVhM (ID: dNKdEnEb)










「……居ない」

 左手に参加チケットを握り締めながら、彼女は呟いた。

「居ない。師匠も、あの女も、どこにも居ない」

 カーナは気の遠くなる大行列を並び、やっと帰ってきたのだ。そこで待っていたのは——いや、誰も待っていなかった。
握り締めた拳に怒りを任せ、辺りを睨むように見渡す。だが、幾ら目を凝らしても見えるのは見知らぬ人間達。

 勿論、これはカーナが望んだ結果では無いし、むしろ置いて行ったあの二人が悪い。
立場的な意味と、こうなった理由。それを指すのは——









 俗に言う、迷子だった。











   *  *  *











「師匠のバカァ——ッ!!」

 獲物を狙う獣の様な目をギラギラさせながら叫ぶカーナの姿は、さながら悪鬼の如く。
チケットを乱暴に仕舞い、人気の少ない所を探す。この行動は無意識である。怒りに任せた結果、周りに被害が無くて済んだのだ。
 ——いや、既に被害は出ている。カーナが叫んだ瞬間、周りの人々が驚かなかった訳がない。

 人がまばらになっている場所を見つけ出し、更に人目につきにくい所に向かう。
路地裏に辿り着いたカーナは、一度深呼吸をして、感情を無に向かわせる。
 ずっと探していたのに見付からないとは、何処かで話し込んでいる筈だ。自分が探したって見付ける自信も無い。

「……うん、そうだ、私は悪くない、悪いのお師匠様、そうだ」

 自己暗示かの様にぶつぶつと呟く。傍から見れば完全な変人だろう。





 そして、ふと。


 路地にある一つの分かれ道。誰も通らない様な薄暗い道をカーナは見た。カーナはそこに行くのを見ていない。
その道は丁度、茜と十夜が進んだ所。そこをカーナは、疑いの目で睨む。

「…………<導け>」

 瞬間、足元から銀色のペンキを塗った様な、細い線が光に照らされて出現する。
静かに、冷めた顔でカーナはその線を踏みながら歩き始める。勿論、何も喋らないのは、怒っている訳では無く、ただ集中しているだけなのだ。

 生暖かくなった風に髪を揺らしながら、何かに導かれ、一寸の迷いも無く突き進んでいった。










   *  *  *










「——……これでこの話は終わりです。どうでした?」
「ああ、かなり疑い深いな。本当の事なのか?」
「だから確かめに行くんですよ。それでちょっとお借りしたいな、と」
「安全は保障出来ないだろう」
「必ず此処で落ち合いましょう。約束します。それとも貴方が来ますか?」
「嫌だな。命に代えても“そっち”に行くのは嫌だ」
「……駄々をこねる子供ですか、貴方」

 崖という危険な場所で二人の女が話していた。知っての通り茜と十夜の事だが。
二人は気が遠くなる程の長い話を、立って終わらせた。勿論、すぐ動ける様にしておくという“警戒”に備えて。

 話を聞き終えた茜の顔は暗かった。どこか悩んでいるらしい。
大して十夜は何も思わなかったのか、無表情で崖の向こうを見る。——まるで何かを探す様に。

「…………さて」


 無意識に。


 無感情で。


 槍を持つ手に、力を込める。












「茜さん」
「ん」
「取り敢えず、今は“あっち”に集中しましょうよ。立っていて正解でしたね」
「……はあ?」
 
 十夜が示した所から、見た事の無い——“銀色の何か”が、流れる様にして二人に向かっていた。
げ、と茜は声を漏らす。その動きは、どこかの長い爬虫類と同じで、うねりながら移動していたからだ。色は綺麗だ、怖くも無い——ただ、不気味である。
 “銀色の何か”は、真っ直ぐに茜達の足元に辿り着くと、二人の周りをぐるぐると回り始めた。十夜は少しだけ、眉を潜める。


 そして、







 ——ガンッ!




 





 “茜と十夜は少しの躊躇も無く足で踏み付け、一瞬の内に動きを封じた”。




















「<滅>」






   *  *  *



















「見つけた……覚悟ッ!」
「うわッ」

 背後から迫ってきた拳を、いともたやすく避けた茜。既にもう、誰が、何て事は気付いている。
後ろを振り返ると、思ったとおりそこにはカーナが居た。これで全員集合出来た。感慨深いものは何も付いて来ないのだが。

「どーして置いて行くんですか! おかげで迷いましたよ!」
「良いじゃないか、最終的には会えたんだから」
「そういうのを屁理屈って言うんですー! 少しは真面目になって下さい!」
「やれやれ。同じ敬語キャラとは言え、十夜とは大違いだな。少しは奴を見習え」
「何ですって!?」

 一方的に熱くなっているだけの口喧嘩に、十夜は耳を塞ぐ。本当に大違いだ。
受け流されている事にも気付かず、機関銃の様にまくし立てるカーナ。言いたい事が三巡りはしている。
一気に和やかになった雰囲気を横目に、十夜はふと足元を見、そして目を見開いた。

 あの不気味な“何か”が消滅していたのだ。そういえば、踏んで変わった感触も特に無かった。

(あれは生き物では無いのか)

 





「カーナ。さっきお前が来る前にな……」
「銀色の? ……ああ、それは私が創ったモノですよ」
「創った、ですか?」
「はい。ほら、道や人を探す為に便利かなーと思ったんです。聞いた所に寄れば、ちょっと暴走してたっぽいですけど」

 えへへ、と照れ隠しに笑うカーナに、茜と十夜は思わず顔を見合わせる。

「……あれ、かなり不気味でしたよ」
「要練習だぞ、カーナ」
「まあ、そうですよねぇ」






 話が一区切り付いた所で、カーナは何かを思い出したのか持ち物をゴソゴソと漁り始めた。

「はい! これが『交流闘争大会』のチケットです。残念ながら一人分しか貰えませんでしたが……」

 黄色に黒字で『大会チケット』と書かれた古臭いその紙切れは、茜の手に渡った。
まじまじと、真剣な眼差しで見るその師匠の顔を、ただのチケットなだけなのにと、不思議そうにカーナは見つめる。

「……十夜」
「はい? 決心でも付きましたか?」
「んなもん最初から付いてる。こいつがどう思うかだ」
「そうですか。まあご自由に」


「カーナ、行って来い」

 茜はその紙切れを指で挟み、カーナの目の前でヒラヒラと振った。
茜が何を言いたいのか悟ったカーナは、チケットを掴もうとして、あと少しの所で茜に遠ざけられる。

「大会ですよね。勿論、行って来ますよ。だから、そのチケットを渡して下さい」
「こんな物、使い終わったらただの紙切れだ。ゴミはゴミ箱に捨てましょう」
「何言ってるんですか。それが無いと、私が参加出来ませんよ!」
「貴方は大会に行くんじゃありません」

 行き成り、部外者である筈の十夜が口を挟む。
カーナは腕を伸ばした格好のまま静止し、十夜の方に顔を向けた。


「貴方は大会には行きません……——」


「私が、大会に出るんだ」