二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: ________冬結晶. *小説集*_______ ( No.79 )
- 日時: 2012/01/12 21:12
- 名前: 紅闇 ◆88grV3aVhM (ID: dNKdEnEb)
幻想郷。
非常識が常識の世界。強力な結界によって外の世界と隔離され、人間と、忘れ去られた妖怪が共存して生きているのだ。
今、この幻想郷は桜が咲き誇る春の季節。人間と妖怪が浮かれ、宴会をする季節でもある。
春の宴会に桜の花見は至って普通。その中でも、この場所の桜は見事だった。
桜で埋まり、最近になってから知る人ぞ知る花見の名所になった。とてつもなく大きいお屋敷があり、それに見合う程の庭園もある。広い庭には数え切れ無い桜の木があり、それはこの世のものとも思えない程に美しいのだと言う。
だがここは、寂しいぐらいに静かだった。物音も、そこに住む虫の声も、何も聞こえない。
——冥界。罪の無い死者が、ここで次の生を待つ。
「妖夢、どこに居るのー」
庭師の魂魄妖夢は、主の声を聞きつけた。箒を持つ手を止めて姿を探すが、目に見える範囲には居ない。庭師の足元に積もれている花びらの山は、長い時間掃除をしていた事を伺わせる。その場を離れて、主の元へ向かおうとした。
「……あ、居た。どこに居たのよ、探したじゃない」
「私はずっと此処に居ましたがね」
妖夢の背中側、屋敷の広間から主が出てきた。名を西行寺幽々子。千年以上前に亡霊になった、西行寺家のお嬢様である。
幽々子は縁側に座り込み、従者の掃除を眺めた。主の用事が緊急では無い事を確認すると、妖夢は止めていた手を再び動かした。広い庭と、沢山の桜の木から散っていく花びらを見て、妖無は内心溜め息をつくのだった。
「幽々子様、何の用件でしょうか?」
屋敷を振り返り、そう言った。
「んー、何にしようかしらねぇ」
「さっきの呼んだ意味は何だったんですか」
顎に手を当て考え込むようなしぐさをすると、幽々子は笑いながら言う。
「もうすぐ三時のおやつだから、一旦掃除を止めたら?」
「はて。もうそんな時間……?」
「私もお腹空いたし。ね?」
「何か、もうおやつの準備が出来てそうですね。じゃあ、ちょっと休憩でも……って、う、わッ」
足元を見ていなかった妖夢は、歩き出した一歩前に桜の山がある事を忘れていた。
立ち上がった幽々子は、目の前から妖夢の姿が消え、その代わりとでも言う様に花びらが舞い上がった瞬間をしっかりと見ていた。
「妖夢ー、大丈夫かしら……」
「うぅぅ……ハイ、何とか……」
「仕方ないわねえ。おやつが終わってから掃除のやり直しで良いわよ」
幽々子はそう言うと屋敷の奥へ入っていった。
よろよろと立ち上がり、体中に付いた花びらを払い落とすと、美しい庭園を眺めた。ひらひらと舞い落ちる桜を見ながら、ゆっくりと目を閉じる。死んだように静かだった冥界がだんだんと騒がしくなっていくのだ。
(“この世”に生きる者達が騒霊でも呼んで、花見でもするのだろうか)
あの世とこの世の結界が未だに修復しない。生と死の狭間が、こんなにも不安定で良いものなのか。
妖夢は、屋敷から主の声が聞こえるまで、物思いに耽っていたのだった。