二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 【竹取物語】二次小説【羅生門】 ( No.12 )
- 日時: 2012/12/13 22:33
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: SjxNUQ9k)
完全に時が止まったようだった。あの、高校一年の夏に。
店内に響いているテレビの音だけがウソみたいにやけに場違いで。
鬼塚も私も年を取っていて。なのに、岩笠先生はあのままで。もう、わたしたちより年下になっていて。
一体、何が起こったのか全くわからなかった。
「先生、まさか……」鬼塚がぽつりと呟いた。
「まさか、って何が?」先生がまたクスクスと笑う。「言ってごらんよ、まさか何だって?」
「俺、おれ……」
鬼塚がちらりと周りを見た。店内は閑散としていて、客もそんなにいない。向こうにおじさん二人組が座っているだけだ。それで良しと判断したのか、鬼塚はテーブルの椅子を一つ引き寄せて、そこにどっこらしょ、と腰かけた。
「何でもないときなんかにね、今でもふっと思い出すんですよ。先生のあの日の授業のこと。」
「ほぅ、そりゃ嬉しいな。そんな大した事ない授業で申し訳なかったけど。」
「いや、素晴らしい授業でしたよ。俺、先生の古典大好きだったし、」
鬼塚が少し間を置いて、それから躊躇ったように口を開いた。窓から差し込む昼下がりの光がやけに眩しかった。
「あの時、おれ確か音読しましたよね。かぐや姫が居なくなった後が描かれていたあのたった数行を。おじいさんもおばあさんも元気をなくして臥せってしまい、帝もせっかくかぐや姫から貰った不死身の薬も富士山で燃やしてしまった。……つきのいわかさ、という人に頼んで。」
「あ。」
思い出した。そうだ、その時確かに私も思ったのだ。先生と同じ名前だな、とぼんやりと。
「それで、俺、なんかその時ピーンと来て。それが何故かずっと忘れられなくて、それで……」
「それで、つきのいわかさが僕だと思ったって事?」
先生がコップの水を飲んだ。微かに、愉快そうに唇が笑っていた。
「ははは、違いますよね。まさか……」思わず胸騒ぎがして、口を挟んでしまう。「あはは、はは……」
「でも、先生は年を取ってない。俺たちはもう、こんなに変わったのに。」鬼塚が私を見ながら言った。私も鬼塚を見た。どこからどう見ても、働き盛りの三十代。十数年前に見た、高校生時代の学ラン姿とはだいぶかけ離れてしまっている。きっと私も鬼塚の目に、こんなふうに映っているんだろうと思った。
「先生、ちょっと信じられないけど、そうなんでしょう?」鬼塚が先生に向き直った。
「うん。大正解。」先生がニッコリと笑った。「でもさ、不思議じゃない?誰でもあの有名な話を知ってるのに、だーれもつきのいわかさを疑わない。だってさ、おかしいと思わない?薬を燃やすだけの役の、あんな何でもない役職の人の名前がちゃんと物語に書いてあるだなんて。」
「確かに……。どうして書いてあるんだろう。」
「それはね、あの話を書いたのが僕だから。ちょっとは自己主張したかったの。」岩笠先生は得意げに笑った。それから すごいでしょ、と付け加えた。「竹取物語は作者未詳、って言われているでしょ?なんでかって、そっちの方がロマンがあるからね。理由はただそれだけ。」
「はぁ。」
あまりのことに、呆気を取られて何も言い返せない。目の前に座っている先生は、それからコップに残った残りの水を、ゴクゴクと飲み干してしまった。
それからコトン、と空のコップを置くと、私たちを再度じっくりと見た。
「さぁ、じゃあそろそろこんな茶番はオシマイだ。二人も飽きてきたでしょう?」