二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 【羅生門】二次小説【竹取物語】 ( No.5 )
- 日時: 2012/04/02 16:40
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ODVZkOfW)
【竹取物語二次、不死の薬】
確か、高校一年の七月頃ではなかっただろうか。
事の始まりは、吉川先生が盲腸の手術で入院して一か月ほど学校を休んだことだった。吉川先生は私のクラスの古典を持っていたので、復帰までの短い間、替わりの先生がやって来たのだった。それが、岩笠先生だった。
大学を出たばかりだという岩笠先生は当然若くて、さらにびっくりするぐらいにイケメンであった。もちろん大半の女子生徒はキャーキャー言って喜んでいたし、男子生徒も岩笠先生を「兄貴!」と呼んだりと、冗談を言い合ったりするくらいに仲が良かった。それくらい、岩笠先生は誰にでも人当たりが良い人だった。
授業も良かった。
無駄な部分が無く、かと言って内容が薄い訳ではない。今となってはどんな授業だったのかまるで思い出せないが、ノートを取るのが物凄く楽しい授業だったことは確かに覚えている。
夏休みに入る前の、蝉鳴く七月。
岩笠先生の最後の授業は、「竹取物語」だった。教室のみんなの、夏らしい半袖のワイシャツの白さが、暑い日差しを反射していて特に眩しかったのを覚えている。
—————— 逢ふことも なみだにうかぶ我が身には 死なぬ薬も何にかはせむ
竹取物語の、最後に詠われている歌だ。かぐや姫が月に帰ってしまった後、帝のもとにはかぐや姫から献上された不死の薬が残った。しかし不死になろうとも、もう二度とかぐや姫に会うことはできない。それならば、このような薬など私には無用の物なのだよ、という帝の哀しみを歌った歌。
—————— この奉る不死の薬に、また壺具して、御使ひに賜はす。
—————— 勅使には、つきのいはかさといふ人を召して、駿河国にあなる山の頂にもてつくべきよし仰せ給ふ。
「はい、じゃあ乙海。」
突然、教壇の向こうから自分の名字を呼ばれて思わずギョッとする。どうやら指されたらしい。
「この山、どこの山だと思う?ヒントは駿河国、ってとこかな。」
岩笠先生が教科書から顔を上げてガッツリこちらを見ている。
駿河、ということは静岡県だろうか。ということは、…富士山?
「富士山、ですか。」
「ほい、正解。」テンポ良く、短く正解を告げられる。「じゃあ次、鬼塚。ここの続き読んで。」
指された私の次の出席番号の鬼塚は、無言で少しだけ頷いて立ち上がると、教科書の続きを読み始めた。
「嶺にてすべきよう教えさせ給う。御文、不死の薬の壺ならべて、火をつけて燃やすべきよし仰せ給う。そのよし承りて、つわものどもあまた具して山へ登りけるよりなむ、その山をふじの山とは名づけける。その煙いまだ雲の中へ立ち上る、とぞ言ひ伝えたる。」
読み終わると、鬼塚は静かに椅子を引いて座った。「鬼塚は読むのうまいね!」そう、褒める岩笠先生の言葉に、若干だが鬼塚の頬が赤くなったように見えた。
「みんな気付いたかな。ふじの山とはさっき乙海が言ったように富士山のことだ。富士山って 士(つわもの)に富む、って字書くでしょ?つまりは洒落ってとこだね。あと、“不死の薬”を燃やしたから不死山、つまり富士山っていう説もあるんだ。なかなか面白いでしょ?」
教室中からへぇ〜とか、ほ〜とか、感心の声が上がった。するとそれとほぼ同時に、授業終了を告げるチャイムの音がなった。キーンコーンカーンコーン、と聞きなれた音階が学校中に、響く。
「では、これで夏休み前の古典の最後の授業を終わりにします。ああ、ちなみに夏休み明けには吉川先生が退院されるから、僕の授業もこれで終わりです。短い間だったけど、みんなありがとうね。」
そう言いながら、教科書とチョークケースを片して、ペコリとお辞儀をする。その仕草に級長の今井が慌てて 起立! と叫んだ。みんなも今井の号令に慌てて自席から立ち上がる。机や椅子のガチャガチャという音が響いた。
「今までありがとうございました!」今井がそう言うと、みんなもそれに続いて「ありがとうございましたー」と頭を下げる。その様子に、岩笠先生はちょっと驚いている様子だった。
それから、少し照れたような、嬉しそうな顔になって笑うと、「みんな本当にありがとうね。」と再度言ったのだった。
それが、私の岩笠先生についての最後の記憶だった。