二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 欠陥品 【銀魂】 ( No.1 )
- 日時: 2011/12/01 19:48
- 名前: 千鶴 ◆iYEpEVPG4g (ID: WPJCncTm)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel3/index.cgi?mode
00 【いのちの定義】
わたしはとにかく知らなすぎた。
日に一度、ほんの数分間だけわたしを観察して行く母親と、
名だけ教えられた顔も声もわからない父親がほんの少しの興味の対象だった。
ガラス越しの外は大勢の白い服を着た人がせわしなく動き回っていて、
それに比べてわたしの四方形の白い壁しかない世界はなんて狭いのだろうと羨ましがったこともあった。
けれどもしそこからガラスの向こうへ出たとしても、結局それでもわたしは篭の中の鳥なのだった。
篭は小さな小さな蛍光灯の太陽で白く照らされていた。
数字、読み書き、動作、音楽、本、絵画、キーボード。それらは全て最低限教えられた。囲碁や文学も学んだ。
毎日腕の血管に針を突きつけて血液を採取されることも、
腕や足の肉を削がれた時も、目の前で生き物の解体を見せられた時も、ただ殴られ続けた時も、きっとそれが当然なのだろうと平然と思っていた。
自分以外の同じ待遇の他人はどこにも見当たらなかった。
食事はぽつんと検査や実験に行く間に部屋に置かれていた。
パンと水とぐちゃぐちゃした嘔吐物のようなスープと3錠のカプセル薬。
不思議とまずいとかおいしいとか、そんな感情は湧かない。
だって、それ以外の食べ物を口にしたことなどなかったから。
無知で幼い少女はただ白い世界に包まれて生きていた。
実験体0219、成功例B7番。それが唯一与えられた少女の名前。
少女の世界は突然に終わりを告げる、赤い月が上る夜だった。
その日起こった「不幸な事故」によって、建造物は破壊され、
気付けば瓦礫となった白いあの壁が目の前に積み重なっていたのを覚えている。
その隙間から伸びていた低い声をあげる赤い腕を、不愉快だという理由で動かなくなるまで踏み付けた。
折れた指がコンクリを引っ掻く。血の線が幾つも走った。
産まれて初めて空を見た。星を見た。月を見た。
その感動は言い表せない。
本で見たものとは、比べ物にならないくらい綺麗で鮮明で、美しかった。
0219は極めて稀な健康状態も良く精神的にも安定している成功例だ。
しかし彼女には重要な物が一つ欠けている。
それを差し引いても、「完全」には現時点で一番近いのではないでしょうか。
多少の能力の発達過剰は危険分子として否めませんが。
そうだな、少しいいか、ドクターアデル。君は科学の発展には犠牲が付き物だと思うか?
ええ、そうでなければ、あの実験などしませんもの。善良な、常識のある人間なら、こんな生きものを創ったりしない。
僕等が創っているのは何なのだろうね、
一人の人間のためだけにこんなに大勢創っては削除され、成功例は生き人形にして人体実験。
必要なのですよ、世界のために、平和のために。例えそれが、悪魔の所業であったとしても。
ならばこの子は、冒涜され続けた神の皮肉なのかもしれない。こうやって見ていると、普通の人間と何ら変わらないものだ。
ただし、
「「彼女には、愛が欠けている」」
愛のない人間など人間でない、と偉人は言った。
ならば少女は人間ではないのか。
不幸にもその翌日、アデルも所長も命を落とすこととなる。
かつて少女を囲っていた、あの白く厚い壁に押し潰され、隣で肉の塊と化した生臭いものが転がる中。
引きつった顔のアデルは幸いにも無事だった右手を瓦礫の合間から突き出した。
そして蚊の泣くような声で助けを乞った。必死で願った。
人の気配がしたと感じた時、突然に右手が燃えた。
生暖かい液体がとめどなく手のひらから零れ、爪は剥がれ、指は折れ、何回も何回も、ぐりぐりと足を押し付けられるたび激痛が走る。それが最後に感じたことだった。死に行くアデルが今際に思ったのは何だったのだろう。
愛の欠けた、人でない「何か」
愛を知らない欠陥品。