二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.133 )
日時: 2012/05/24 21:19
名前: 麻香 (ID: l9EMFnR1)

数時間後————。

ヒューイの家に1人の少女が訪れた。
服や白いリボンは裂けて、ただの布切れとなってしまっている。
肌には切り傷が大量にあり、赤い血が流れ出す代わりに、銀色の金属が露出していた。
普通の人間なら倒れてしまいそうな傷にも少女はものともせず、なぜかスーツケースを大事そうに抱いている。

ノックもせずに少女——エルが扉を開けると、家の中には屈強そうな男が数人、居座っていた。
家の主であるヒューイの姿はない。
男たちはエルの容姿を見て一斉に息を吞んだ。
だがすぐに平静を取り戻したリーダーらしき男が、エルに聞く。

「‥‥頼んでいた例のヤツは、それか?」

[はイ]

エルはスーツケースを持ち直す。
中身がなんだかは聞かされなかったが、重さや大きさから強力な爆弾だと判断する。
だが、そんなことはどうでもいい。奴らがこれをどう使おうと。
問題は————。

[ヒューイ、ハ?]

「ん?」

[ヒューイは、どこですカ?]

奇妙な口調でエルが聞く。
声には高低がなく、流れるような喋り方だ。

「死んだよ。俺が銃で頭をブチ抜いてやったんだ」

[死んダ?‥‥壊れたノ?直せないノ?]

「そうだ。永遠に直せない」

[そウ]

エルは無表情だ。
無機質な瞳には、なんの感情もこもっていない。
それを見て男は残忍な笑みを浮かべる。

「“奇跡”とはいえ、やっぱり機械は機械だな。創造主が死んでもあの表情だ」

男の仲間たちからも含み笑いが漏れた。
あの天才科学者が命をかけて守ろうとしたのが、これだ。
機械は機械。その事実は変わらない。

「ほら、そのスーツケースを渡せ。小娘」

男がエルの方に手を出す。
エルは無表情でその手を見つめる。冷たく。静かに。
やがて、言い放った。

[ワタシは小娘じゃなイ。ワタシはエル。ヒューイに、貰った名前]

「あぁ?」

男の苛ついた声を無視し、エルはしゃがんで、その場でスーツケースを開いた。
突然のことに男たちは咄嗟に反応できない。
スーツケースを見つめるエルの口から、やがて不思議な“音”が流れ始めた。

[‥‥‥永遠に歌うよ アナタに届くまで‥‥‥‥]

突如として響いたその“音”に、男たちはピタリと固まる。
美しい“音”だった。スッと耳を通り抜けていくのに、その余韻が頭に残っている。
聞く人を引き込ませる魅力がある、物悲しくて、聞くだけで辛くなる“音”。
男の仲間の一人が呟いた。

「これは‥‥歌、か‥‥‥?」

[Ⅰ sing for you‥‥‥‥Ⅰ will meet you someday‥‥‥‥‥]

ふと、少女の青い瞳から雫が落ちた。
それは「涙」と呼ばれるもの。人間が、嬉しい時に流すもの。人間が、悲しい時に流すもの。
悲しみの雫——————。

[Thⅰs is our story‥‥‥‥]

静かに、機械が流すはずのない「涙」を流しながら、エルはスーツケースの中を見た。
複雑な部品の中に【青】と【赤】のコードが2つ並んでいる。
片方のコードを切ると爆弾は機能停止し、片方のコードを切ると爆弾が爆発するという、ありがちなやつだった。

[1つ目のキセキは ワタシが生まれたこと‥‥‥‥]

人間がこの状況に出会えば、パニックに陥っただろう。
だがエルは人間ではない。
ヒューイが残してくれた、“奇跡”の知能が、エルを正解ヘと導く。
————【赤】のコードを切れば、爆弾は停止する。

[2つ目のキセキは アナタと過ごした時間‥‥‥‥]

エルの口が“音”を紡いでいく。
全てはヒューイが作り出した“奇跡”。
そこに、エル自身の意思はないかもしれない。

それでも、ヒューイは優しくしてくれた。人間の友達のように接してくれた。
ヒューイは寂しかったのだ。たった1人でいることが。

[3つ目のキセキは ワタシにできた“ココロ”‥‥‥‥]

機械のエルを馬鹿にしていた男も、エルの思惑に気づいたのだろうか。
エルを押しのけるようにして玄関の扉に飛びつく。
そこへエルは、最後の“宣告”を告げる。

[4つ目はいらない 4つ目はいらないよ‥‥‥‥]

エルは爪で爆弾のコードを引きちぎった。
—————【青】のコードを。

爆弾から光が迸り、全てを呑み込んだ。

ヒューイの家も。逃げ出そうとする男たちも。涙が伝うエルの口元に浮かんだ、幸せそうな微笑も————。


               ☆★☆★☆

数日後。流れだした事件の報道は、王都中を震え上がらせた。

隣国のテロリストたちが、ある研究所から強力な爆弾を奪ったこと。
王都から離れた森の中に住む、若き天才科学者の家を占領し、拠点としたこと。
だがそこで、暴発した爆弾がテロリストたちごと拠点を吹き飛ばしたこと。

人々は、原因不明の暴発に巻き込まれた若き天才科学者を惜しんだ。
同時に、科学者の家が王都から離れていたため、王都に大きな被害がなかったことに安堵したりした。


その裏で天才科学者が起こした“奇跡”の真相を知る者はいない——————。


                                                —END—