二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: イナズマ 海の悪魔姫と太陽の天使姫〜更新再開!〜 ( No.507 )
日時: 2012/07/05 20:58
名前: 姫佳(スマホ) (ID: n71ZnujR)
参照: テスト終了!!

〇゜面影バス。〇




(神様は、見ていないようで見ているのです。)




6月の雨の日。
鬼道監督との話し合いを終え、俺は傘を差して帰路に着いていた。
雨音と冷たく湿った空気に包まれた道に、頭も体も冴えていたと感じる。

薄暗い道だった。時折、ライトを点けた車が通り過ぎる。

そう言えば、近くにバス停があったなと思い出した。ホーリーロード全国大会のスタジアム前に停まるバスだ。
以前、ピアノコンクール関東地区予選が終わったあと、霧野と行ったことがある。


その時の事を思い出していた、刹那視界を埋め尽くす光に目を閉じた。
立ち止まり、ゆっくり目を開けると、丁度バスが停車したところだった。


バス停には、人が何人か並んでいる。真っ先に乗り込んだ男子中学生に、あの日の自分と霧野が重なり、歩き出した足がまた止まる。

その時聞こえたのは、お婆さんと子供…といっても中学生位の子供の会話だった。


「おやまぁ、お嬢ちゃん1人かい?」
「はい、」
「どこへ行くんだい?」
「スタジアム前まで…」


スタジアム前?
今日は試合無かったような…不思議に思い、その方向に目を向ける。

話しかけたと思われるお婆さんが、1番前の席に座ったのが見えた。
…答えた少女は?


『———兄様。』




どくん、と心音が大きく聞こえた。

視界に少女が入る直前、ある声が蘇る。
嘘だ、と思うのと同時に確信を得て、呼吸が上手く出来なくなった。


「…っ」


呼ばなくては…。
彼女がバスに乗り込もうとしていた。

突然姿を眩ました、あの日から会えなかった、恐らく遠くに行くべきでは無かった彼女が。
それなのに、呪縛にかかったように体が動かないのだ。


音をたてて閉まり始めるドアに、呪縛が解ける。
息を吸った、そのままの勢いで叫べ——間に合え、


「っ…月乃っ!!!」


アオの瞳が見えた。
桜色の髪を白いシュシュでポニーテールにした、俺のかつての親戚は、ドアの向こうで俺を見ていた。





バスが動き出す。
微笑みを投げ掛けられた俺は、走る事を忘れたかのように、しばらくそこに立ち尽くしていた。




(——それは誕生日に、神様が見せた幻だったのだと…。)





「座らないのかい?」

少女は振り返り、もうすぐなのでと答える。
やがてスタジアム前に着き、少女はアスファルトの駐車場に降り立った。

出迎えた黒の男は笑う。

「覚悟は、出来ていますね?」

その言葉に伏せられた瞳に、悲し気な光が灯る。
少女は息をゆっくり吐き、そして上げられた顔からはもう、迷いも悲しみも、消えていた。


「覚悟してる。」


返答に満足したのか、男はにやりと笑顔を浮かべた。

眉を寄せて、少女は突き放すような鋭い声で。


「…早く行きましょう、黒木さん。」
「ええ——紅葉クレハお嬢様。」


にやにやとした笑いに気を悪くしていた少女は、機嫌の悪さを隠さない。


(……クレハ、か…)

『っ…月乃っ!!!』


瞬間脳裏に蘇る、少年の声。


「…覚悟はできてる。」


すぐ後ろにいる黒木にも聞こえない程の小さな声で、少女は自分に言い聞かせた。




(ごめんなさい、私は何も出来ないのと…。)


* fin *