二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- きみのこえ/001 ( No.3 )
- 日時: 2012/04/30 20:21
- 名前: めーこ ◆RP5U9RTa.. (ID: RmDYGEG2)
それは、確かで、不確かな感情だったと思う。
001/覚悟。
あたしが、宇宙に、空に憧れるようになったのは、8歳の時だ。
怖い夢を見て泣くあたしを抱き上げて慰めてくれた彼が、宇宙を見上げてキラキラした瞳でその良さを語っていたからだ。
その時は憧れ、じゃなくて、興味だったと思う。
ちょっとした興味。
見ているだけで人を幸せにできるキラキラした星は、泣きじゃくるあたしを酷く穏やかな気持ちにさせた。あたしの表情の変化に、単純だねなんて彼が笑っていたのも全部全部覚えている。
記憶力は、人よりは良い方だと思う。
その時のことも、あたしがお日さま園に来たときのことも、全部、まだはっきりと覚えている。
彼に酷似した容姿のヒロトと会ったときのことも、ずっと記憶の片隅に書きとめてあるのだ。小さなあたしと、小さなヒロト。
泣いているあたしを、幼いからだで抱っこしてくれたんだっけ。
小さなヒロトよりもっともっと小さかったあたしを抱っこして、「おそら、きれいだよ」と彼みたいに笑ったんだっけ。嗚呼、だからあたしは空が好きになったんだっけ。
今日の夕焼け、綺麗だよ。
たった一文だけを携帯に打ち込み、送信ボタンを押す。
けれど『サービスエリア外です』という表示が現れてあたしはその文を下書きというフォルダにしまいこんだ。きっともう、送られることが無いであろう文章。
がたん、ごとん。
先程まで小さな無人駅に停車していた小さな電車が、音を立てて揺れ始める。景色が、流れていく。
夕焼けが携帯の画面に反射して、眩しくなった。
窓から眺める景色を、夕焼けの空を、何機ものトレーサー……宇宙戦闘機が列を成して飛んでいく。
人型の無機質な戦闘機は、これから宇宙へ向かうんだ。あたしも、その一人になるんだ。
そう考えると、涙が出そうになった。
「あたし、大人になりたいよ」
大人だったら、あたしは、宇宙になんて行かなくて良かったのかもしれない。孤児じゃなかったら、生きていけたのかもしれない。人の心を、捨てなかったのかもしれない。トレーサーなんかに乗らなかったのかもしれない。
嫌なかたちで、宇宙に行きたくはなかった。
* *
「あたしが、宇宙に?」
父さんから、その話を聞いたのは数年前だ。
中学校に進学するちょっと前、父さんはあたしだけを呼び出してそう告げた。
お日さま園から、だれか一人を宇宙へ出す。
その一人に、あたしが選ばれたらしい。
無機質な戦闘機に乗って、タルシアンっていう無機質な心を持った火星人と戦うらしい。
あたしは、人じゃなくなるの?
「これはとても名誉なことだよ」
父さんはそう言って笑う。
父さんがそういうならきっとこれはとてもとても名誉なことなのだ。
だけどあたしは知っている。
ヒロトさんが、トレーサーに乗って死んでしまったことを。タルシアンに襲われた仲間を助けて死んでしまったことを、知っている。
「父さん、ヒロトさん、死んじゃったんだよ」
「……知っているよ、だけど、これは」
「国の命令? あたしは、死なないといけないの?」
帰ってくる保証は、無いとは言えない。
きっと、帰ってくることは出来る。
だけどその可能性は低く、あたしは宇宙で死んでしまうかもしれないのだ。死体も回収されず、死んでしまうのなんて嫌だった。
「あたしは、国の為に死ぬんだ」
宇宙に行くことは名誉なんだ。だから行かないといけないんだ。父さんの命令は、国の命令は絶対なんだ。あたしはただ目を伏せることしかしなかった。
無言になった父さん。無言は肯定の証という。嗚呼、父さんはあたしを殺したいのか。きっとそうじゃない。
あたしが存在することによって、ヒロトさんの記憶がずっとグルグルし続けるんだ。あたしが居ることによって、ヒロトさんのことを思い出してしまうんだ。
ただの思い出じゃ、無くなっちゃうんだ。
あたしはゆっくりと頷いた。
「あたし、行くね」
父さんにとって、これが最善だと云うのならば。
あたしはお日さま園の家族や、友達より、無機質な宇宙戦闘機トレーサーに乗ることを、選んだ。