二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: イナクロ〜なくしたくない物〜更新困難状態〜 ( No.341 )
日時: 2015/03/09 22:39
名前: 柳 ゆいら ◆JTf3oV3WRc (ID: x/gr.YmB)

☆番外編☆第二十九話   「別れ、出会い」



「風花、元気ないわね……。」

いすに座ったままぼーっとしている風花を見て、風菜はため息交じりに言った。

「ああ。ムルーシュさんと別れるのが辛い、ということか。」
「心ノナカデハ、覚エテルンデスヨ、キット。」

とつぜんに、背後で声がした。
ふり返ると、ムルーシュが本を片手に立っている。いつも柔らかい表情をしているが、いまの表情は真剣そのものだ。
父が立ち上がって去り、そこにムルーシュが座って。

「心のなかでは覚えてるっていうのは?」

隣に座ったムルーシュに、風菜がおそるおそる問う。
分かりきっていることを。
風菜のようにため息交じりに、彼もぼやくように。

「彼女ノ、一番大切ナ、ナニカ。」
「……。」

彼の言葉を、重く受け止める。
風花の、一番大事ななにか。
他人がなくそうとしても、どれだけ科学的に彼女の脳内から、記憶を抜き取ろうとしても、抜き取りきれない、なにか。
そんなの……分かってるわよ。なにかなんて。
誰か、なんて——……。

     ☆

誰なんだろう、あのひと。
すごく、懐かしい感じがした。全然、誰かも分からなかったのに。
ふわふわした気持ちになっていって。胸の奥のほうが、あったかくなって。
なんでか分かんないけど……すっごく……会いたくなった。

(あたしの、知ってるひと……?)

でも、風花の記憶には、まったくない。どれだけ記憶の引き出しをあさっても、夢のなかで会った彼は、出てこない。
もうすぐムルーシュおじさんともお別れなのに、会ったことがあるかすらも分からない、誰かのことを考えている……。

(んん……あたしが、おかしいのかな……。)

こっくり首を傾げると、ぽん、と頭になにかが置かれた。
顔を上げてふり返ってみると。

「もう寝なきゃ駄目よ、風花。友撫ちゃんは、もう寝たわよ?」
「ん……。」

ぼんやりしたまま返事をすると、母が隣のいすに、ゆっくり腰かける。
彼女の態度がいやに慎重なのは、いまの風花は気づかなくて。
そっと、優しく髪をなでる母を直視せず、風花は応答する。

「でも、もうちょっと……。」
「……明日は、もうここをつのよ。早起きしなくちゃいけないの。」
「………………うん。」

床をながめながら、ぼうっとして。
明日には、ムルーシュおじさんと会えなくなる。あの柔らかくって、あったかい、あのくるんと巻かれた、まっ白なおひげのお顔とも……。
それも、確かにさびしい。ムルーシュおじさんは、この短い間でとても優しくしてくれて、まるで実のおじいちゃんみたいに思えるほどだった。しわの刻まれたかさかさの手で、何度も頭をなでてくれたり、抱っこをしてくれたり……。
——でも、なんだかいまは……。

(あの男の子、誰なんだろう……?)

     ☆

桜がひらひらとはかなげに舞い、視界が薄い桜色に染まる。
まわりには制服姿の少年少女が談笑しながら、校門をくぐって行き、先生らしきおとなの声に応答する。
……そうやって、ふつうにしている生徒も多いのだが。
なんだろ……めっちゃ見られてる気がする。ちらちらって。視線感じる。
いや、なんで?

(……なに、これ。)

なんだか慣れない、ごわごわした服着てる。
……あれ? なんで女の子の制服とは、違うの着てるの?
これって……、おかしい……。
着ている自分の服に触れ、改めてごわごわしているのを確認する。
着慣れない制服。そもそも、なんで小学生なのに、制服なんて着ているんだろう。風花が通っているのは私立の小学校ではないから、制服なんてないし……。
だいたい、身長もおかしい。うつむいたとき、地面、こんなに遠くない……。
さまざまな違和感を抱え、風花はちょっぴり首をかしげる。

「へん、だよ。」

声に出してみて、はっとする。
なぜか、声もおかしい——気がする。なんか、いつもよりちょっと低い……。
この異常な感覚が恐ろしくて、思わず身震いする。
まわりの視線も、なんだか痛いっていうか、いまの状況では、恐怖の対象にしかならなくて……。

(なに、これ……っ。)
「あ、ユエ!」

明るい声が聞こえ、無意識的に顔を上げる。
自分が呼ばれたわけでも、ないのに。
顔を上げると、そこにいたのは、