二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

禁書目録 麦野+滝壺 《完》 ( No.7 )
日時: 2012/06/16 17:47
名前: 水草 (ID: T6JGJ1Aq)




 元より仲良しごっこをしているつもりは無かった。
 暗部なんてきな臭い場所に身を潜めている連中など、自分を含めて碌でもない人生を歩んでいるに違いない。
 下衆の溜まり場に居るような奴らを信頼するなんて馬鹿以外何者でもない訳だ。

 利用価値があるからこそ保てた繋がり。
 たとい愛着や情が湧こうと、価値が無くなればいつでも切り捨てられる。
 そう思っていたのにその「馬鹿以外何者でもない」連中が偶然にも周りに集っていたせいでどうやら自分は毒されたらしい。


「ねえむぎの」

 くるくる。くるくる。
 滝壺がストローでアイスティーを掻き混ぜるとからん、と氷が音を立てた。
 彼女の小さな癖である。飲み物を適当に飽くまで掻き混ぜるのは。
 最初にそれに気付いたのは確か浜面だった。
 あの男はそういえば昔から、滝壺のことをよく見ていたと思う。
 だから二人が仕事仲間から恋人という関係に昇華したと聞いても驚きはしなかった。寧ろ自然の成り行きに思えた。


 様々なことを乗り越えて遠い異国のロシアの地から学園都市に生還した「新生・アイテム」の面々は昼食をファミレスで共にしていた。
 といってもこの場に居るのは自分と滝壺の二人なのだが。
 絹旗は外せない用事があるらしく浜面に限っては寝坊で遅刻である。

 そして話を切り出したのは真正面に腰を掛ける滝壺の方からだった。


「はまづらのこと、すきだった?」

「・・・・・・・・・・・・はぁ?」

 思わず大好物である鮭弁当をつついていた箸を止める。
 何を言い出すんだ? 一体、何を考えている?
 麦野はあらかさまに表情を歪めると、目の前の少女を睥睨する。
 しかし滝壺も裏の世界を生きてきた人間。
 幾つもの死戦を潜り抜け、屍を踏み越えて来た彼女は普段ぼんやりとしているし何を考えているかも計り知れないが、冷静に物事が判断出来るし何より肝が座っている。
 ・・・現に素人なら腰を抜かしそうな麦野の高圧的な態度にも怯まない。
 それすら気に食わず、滝壺から視線を外すと罰の悪そうな顔で舌打ちする。
 しかしこのままシラを切るのも何だか癪だ。
 苛立ちを表すような乱暴な手つきで後ろ髪をガシガシ掻き上げると、一息ついて口を開く。


「馬鹿じゃないの? ねぇ? 冗談でも笑えないしありえないわ。・・・・・・この有能な私が? あんな下っ端野郎を? よりにもよって好く・・・? そんなわけないじゃない。下らないわ。本当、どうしたらそんな都合の良い解釈が出来るのかしら? あんなパシリにくらいしか使えない無能野郎なんて論外よ。そもそもあんな奴の何処に惹かれろって言うの?」

 カラカラと嘲笑を交えて罵る。
 自分は平生から美しい等と鼻の下を伸ばした男達に褒めそやされて来たし、容貌には絶対的な自信があった。
 それでも今の自分はさぞ醜い顔をしているだろう。
 この世で最も醜悪なものを集めて形作ったような、そんな表情に違いない。

 そして決定的な言葉を発する。


「何より、アイツはアンタを選んだじゃないか」

 これではまるで嫉妬しているみたいだと、自分自身思った。
 言われた滝壺は尚更のそう感じただろう。
 それでも口に出さずにはいられなかった。

 ・・・癪だった。苛々した。他人の幸せをぶち壊したい衝動に駆られた。
 滝壺も浜面も憎たらしかった。
 口では交際に反対しながらも、二人を祝福して笑う絹旗にすら腹が立った。

 それは別に浜面が好きだからとか、同じ暗部で汚れ仕事をした滝壺が有り触れた幸せを掴んだことが妬ましいだとか、決してそんな意味ではない。
 彼女が推測しているような感情を持つほどの少女らしさを私は既に喪失している。
 だからといって世界中の人間の不幸を願うほど、捻くれたつもりも無い。


 ただ、思うのだ。
 彼らは私が居なくても平凡な日常を甘受して笑っていられるのだろう、と。
 私は寧ろ必要性の無い存在なのではないか、と。

 私はまた、見捨てられるのか・・・?

 そんなことが頭を過ぎった直後、不意に頭をぽんぽんと優しく叩かれた。
 弾かれたように顔を上げると目の前の滝壺がテーブルから身を乗り出して私の方へと腕を伸ばしていた。
 目が合えば、彼女はふわりと笑う。
 彼女はそう、綺麗だ。外見はそれこそ平凡だと思う。けれど自分が触れてしまえば穢れてしまうと思うほどに真っ白だ。
 そしてその、包み込むような慈しみを秘めた柔らかい双眸が惜し気も無く私を照らす。


「むぎの、私ね」

 彼女は何でも無いことのように、当たり前のことを語るように、聞かせてくれる。

「むぎののことも大好きだよ」

 その瞬間、私は私の中にある醜悪なものが少し剥がれ落ちて浄化された気がした。