二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

   // リナリアと幻想を抱いて眠る : 庭球 . ( No.6 )
日時: 2012/09/05 19:23
名前:   酸欠   ◆YitN/20R3k (ID: K75.VLwZ)




 みんなが、しあわせになれますように。ちいさな頃の願いは、きっと一生叶うことのない、幻想なんだろう。




    // リナリアと幻想を抱いて眠る :04




 あの日——転校初日の彼との会話のお陰かしらないけれど、彼とわたしの距離は多分一気に縮まったと思う。
 素っ気ない彼の態度はわたしをミーハーだと思っていた所為だと彼は謝ったけれど、この学校での彼の人気を見ればうなずける話だ。けど彼は言う。名字に白が入ってたから少し親近感はあった、と。
 ぜんぜん気がつけなかったけれど、そう言えば確かに白が入っている。うん、全く考えてなかった。そう言えば彼はけらけらと笑って、普通はそやな、とわたしの髪をくしゃりと撫でた。


「お前等、何時の間に仲良くなったんや」
「謙也には分からないっちゅー話や」
「おま、パクんなや」


 そんなわたしたちの様子を見ていた忍足が不思議そうに言ってきた。白石が少し可笑しいことを言っていたが、どうやらそれは忍足の台詞らしい。
 忍足はびしっと突っ込んでから、わたしにひらひらと手を振った。白石が安心しとんならええ子やろ、宜しゅう。わたしはそれに笑顔でうなずいた。何だろ、白石と仲良くなったらちょっと人脈広がったかも。
 カオリはびっくりした様子で、でも、良かったなあと笑った。友達増えて嬉しいと言えば、カオリはくすくす笑って、でも紫苑はあたしたちのグループだよねと言うので頷いておく。
 男子と女子の一線。其処を飛び越えることを、わたしは拒む。


「……あ」


 えー、とブーイングの声が上がり、カオリは紫苑は譲らへんと言い張り、軽い言い合いに。転校生が余程珍しいんだろう。けど、カオリも、ブーイングの声を上げた忍足も楽しそうなので黙ってそれを聞いている。
 ぼーっとしているとき、携帯がふるふると震えて、わたしは其れに目を落とした。——ユキムラくん、だった。
 メールの画面を開いて、確認する。簡潔に言葉が並んでいた。"ねえ紫苑、どこにいるの。"たったそれだけ、だった。
 よくよく考えると、彼には行先を此処2年は告げていない。小学校の卒業式以来だ。最初の頃こそメールするねと言ったのだが、わたしは彼と自然に距離を置くようになっていた。
 だって、彼、は。


「——紫苑、次の授業自習やって」
「ん? じゃ、わたしサボるね」
「えー」


 彼へ返信するべく席を立ちあがり笑えば、カオリは不満そうな顔をした後、池田に絡みに行った。
 おいコイツに構ってやれよーという池田にカオリを半ば押し付けるようにして、わたしは教室を飛び出した。彼へ返信したい、彼の声を聴きたい、けど、わたしは。
 屋上のドアを荒々しく開けて、携帯を開いた。フェンスに凭れて座り込み、小さく唸る。
 ——……さて、何て返そうか。
 決心するように息を吸って、指を動かした。"ユキムラくん、ごめんなさい。わたし、まだ、駄目。ねえユキムラくん、好き、です"その文章を綴るのは、容易いことだった。けれど、送信ボタンだけは、押せなかった。


「すき、です」


 声にするのは、文章にするのは、こんなにも簡単なことなのに。
 それを伝えることは、すごく難しい。


「友人、やなかったんやな。白尾さん」
「白石、」
「……幸村精市、やろ? 知っとるで、全国、二連覇したところやから」
「あは、バレちゃったね、」


 不意に上から声が降ってくる。慌てて顔を上げれば、白石が居た。


「詮索するつもりはあらへんし、協力も俺にはできひん。けど、確か幸村は、」
「カノジョ、居るよ。わたしの元親友だもの、」


 白石はきょとんとして、知っとったん、と笑った。
 今は親友なんて言えない。けれど、わたしは知っている。ユキムラくんから定期的に来るメールに、紫苑の親友の子と付き合ったと書いてあったから。
 幸せそうなユキムラくんの言葉が並んでいたから、わたしは知っている。けれど、わたしは駄目だった。
 ユたしが好意を寄せていると彼は知っている。それでいてこまめに連絡をくれるのは、たぶん彼の優しさだろう。白石はわたしの隣に腰を落として、ぽふりと肩を叩いた。


「なあ白尾さん、」
「ん?」
「俺の好きな人、もう此処に居らへんのや」
「……え」
「死んだとかそういう重いものじゃあらへん。けど、白尾さんはその子のことを知っている」
「、」
「……俺の好きな人な、転校したんや。立海大付属中学校、に」





「白尾さんの好きな彼の恋人、や」








 ( リナリアと幻想を抱いて眠る:04 ) // 120905.