二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【REBORN】 皓々と照る月 【傍観主生息中】 ( No.32 )
日時: 2012/09/15 09:11
名前: 苗字(元なゆ汰 ◆UpTya9wNVc (ID: gwrG8cb2)

 雲雀恭弥の眼光が、一気に鋭くなった。あんなにジメジメしていて熱かったはずのグラウンドの空気は、冷たくなっている。唇が、手が足が身体が震えて、目の前が霞んでいって。恐いという気持ちだけが、脳内を占領していた。心臓が、バクバクと波打つ。銀色のトンファーが、視界の隅でチラついて、落ち着かない。間違ったことは言ってないはずだった。私は確かに面倒くさがりやで、どうしようもない奴だ。けれど、責任感というものは、きちんと持ち合わせているつもりだ。ジャンケンで負けたから出ることになった借り物競争でも、任された以上頑張らなければならない。気づけば、周りの借り物競争の走者たちは、ライバルだというのに気をきかして立ち止まってくれていた。ほら、真っ直ぐに正々堂々と勝負したいのは、最後まで競技を全うしたいのは、私だけじゃない。それが、私の背中を押す。もう一度、叫んだ。


「——私は、逃げません。咬み殺すなり何なりすればいい。けれど、今だけは、A組の一員として、競技を全うさせてください。」

 
 全て、私のわがままかもしれない。何もかも、いつも途中で逃げてきた私が、“全う”という言葉を吐くのだ。都合のいい、わがままな女。それが私だ。一生つきあっていくこととなる私の人格。けれど、私だって皆の前ではまだ良い人でいたい。自分勝手でごめん。そう思いつつ、雲雀恭弥を見上げる。


「……ふうん。やっぱり君の目は、ギラギラしてる。いいね、その目。気が変わったよ。今だけとはいわず、今回の件では咬み殺さないであげる」
「……え」
「ほら腕章。きちんと返してよね」


 きっと私は、今間抜けな顔をしている。腕章を押し付けられながら、そう思う。あの、雲雀恭弥が咬み殺さないで居てくれたのだ。恐怖から解放されて安心したと同時に、私は地面にへたり込んだ。まだ、身体は小刻みに震えている。


「ハハ……。何だ、結構私やるじゃん……」


 一人呟いて、視界が暗くなるのを感じた。あ、やばい。そう思ったときには、頬に焼けた砂の感触。折角腕章借りたのに、気絶してるのではいけない。重くなる瞼を必死にあげようとするけど、その前に私の意識はぷつりと暗闇に沈んだ。最後に、沢田たちの私を呼ぶ声が聞こえた。




 ***




『先ほどトラブルがあったため、借り物競争は一時延期という形をとりまして、午後からとなります。昼食後、すぐに走者は位置についてください。』


 そんな放送が、聞こえた。よかった。雲雀恭弥が貸してくれた腕章は、無駄にはならないのだ。少しずつ正常な機能を取り戻していく脳で、ぼんやりと考えた。


「——あ…」


 瞼を、上げる。まだぼやける視界には、見慣れた景色が写っている。そこは、保健室だった。ああ、倒れたのだ。私は。覚醒する脳内が、私にそう思い出させてくれる。頭元には、綺麗に畳まれた腕章が置いてあって、近くのメモには幾分か汚い字でこう書かれてあった。『東城さんへ。ヒバリさんとのこと、お疲れ様。A組のために、ありがとう。沢田獄寺山本』最後の名前は、一つずつ違う筆跡だった。きっと、一人ひとりが自らの名前を書いてくれたのだと思う。平凡になりたいと、平凡になってはいけないのと。ずるい言葉を並べ立てて怒鳴ってしまった私に、彼らはこんな手紙を書いてくれる。なんて、馬鹿なんだ。なんて、阿呆なんだ。なんて。


「——優しいんだ。」


 先日も、口にした言葉。いくら私が拒んでも、彼らは近づいてくる。平凡に暮らすために、他人と自らの間に引いた線を、いとも簡単に踏み越えてくる。おじいちゃんは言った。“マインドコントロールにかかっている”と。自分で分かっていても、マインドコントロールを解くつもりは毛ほどもなかった。けれど、けれど。彼らのためならば、少しだけ、解いてみようか? それは、まだ不確かな言葉で。まだ疑問系の、言葉で。けれど、私にとっては、大きな前進だった。


 しかし——、急いで駆けてくる足音が、その考えを跡形も無く消してしまった。


「大変だ!」
「シャマル先生。どうされたんですか?」
「——ユウちゃん。落ち着いて聞いてくれ」


 走ってきたせいか、息があがっているシャマル先生は、神妙な顔で言う。私も嫌な予感がして、すぐに口を噤んでその言葉を聞いた。とても、残酷な言葉だった。


「ユウちゃんの父ちゃんが、——マフィアに殺されたらしい。」


 結局、雲雀恭弥から借りた腕章が、使われることはなかった。