二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【REBORN】 皓々と照る月 【只今標的31】 ( No.81 )
日時: 2012/10/12 16:56
名前: 苗字(元なゆ汰 ◆UpTya9wNVc (ID: gwrG8cb2)
参照: 時間軸としてはユウのおとうさんが死んだ直後

◆  閑話03 / 「とんでった靴はまだ見つからない」





 “昔ね、ブランコの上から靴を飛ばしたの”





 ミーンミーンとあれだけうるさかった蝉の鳴き声はすっかり止み、代わりに鈴虫の声が聞こえるようになった。りんりんと、鳴き声が。

 ほんの少し冷たい秋の風は私の身体を撫で、そのまま枯れ葉を持ち上げ、どこかへ連れて行った。それを眺めながら、足元にあった蝉の亡骸を、ぐしゃりと踏み潰す。次の瞬間、ぱらぱらと蝉の残骸が風に吹かれていった。滑稽だと思った。

 たまたま目に入った公園へと足を運ぶと、ブランコで遊ぶ子供達が見えた。きゃいきゃいと楽しげに遊ぶ彼らは、私に何かを思い出させる。すると、ブランコを一生懸命こぎながら笑いあう彼らの足から、何かがとんでった。とんでった物の近くまで進んで見てみると、それは可愛らしいピンク色をしたスニーカーだった。


「おねーさあん! その靴、あたしのなの! 投げてくれます?」


 靴と同じくピンク色のワンピースを着た女の子が、私に向かって手を振った。私は女の子に返事をせずに、靴を拾い上げる。よく見てみるとその靴は、ところどころ泥がついていて、ピンク色が茶色く淀んでいた。女の子が、もう一度声を張り上げる。「おねーさあん?」その声にはっとして、私は軽く靴を投げた。弧を描いて、靴は飛んでいく。そのまますっぽり女の子の腕の中に納まれば、女の子は「ありがとうございまあす」と間延びした声で言った。返事の代わりに、ほんのすこし微笑む。微笑んだ私を見て嬉しそうに笑った女の子は靴を履き、そのまま駆けていった。

 女の子は、友達らしき男の子に「どこまで靴が飛ぶか競争ね!」といっていた。どうやらまた靴を投げるつもりらしい。苦笑を浮かべて、私は公園を出た。

 ゆるやかにとんでった靴が、視界に見えた。





 ***





“おかあさん、おとうさん! どこまで靴が飛ぶか競争ね!”
“ふふ、楽しそうね。よおし、おかあさん頑張っちゃうぞ”
“おとうさんだって負けないぞー! ユウとおかあさんなんて、すぐ追い抜いてやるからな!”



 あの時は、家族みんなで笑ってた。笑えてた。なのに、今はおとうさんはいない。とんでってしまった片方だけの靴みたいに、私の家族は欠けてしまった。おかあさんも、笑わない。おとうさんがいなくなっちゃったから、笑ってくれない。何が、いけなかったんだろう。あの日、靴が見つからなかったのがいけなかったのだろうか。また、皆で笑いあいたい。そう思うのは、おかしいことなのだろうか。


「思い出した、よ」


 昔ね、ブランコの上から靴を飛ばしたの。誰が遠くまで飛ぶか、競争って。おかあさんとおとうさんが手加減してくれたらから、私が一番遠くに飛んだのを、覚えてる。けれど、ゆるやかに弧を描いてとんでった靴は、探しても探しても見つからなかった。だから結局、片方だけ靴を履いたまま、帰ったのだ。

 私のおとうさんは、靴みたいにどこかに行っちゃった。私のおかあさんは、足に残ったほうの靴みたいに寂しそうに泣いている。

 シンデレラは、片方の靴を置いてきちゃうけど、最後は二つともシンデレラの元に帰ってくるんだ。沢山の幸せをつれて。
 けれど、私の、片方の靴は、否、おとうさんは、帰ってこない。私は、シンデレラなんかじゃないから。とんでってなくなっちゃった靴と一緒に、幸せも置いてきてしまったんだ。

 
 

 夕暮れ時になって、もう一度公園に寄った。子供達はもういなくて、私は久しぶりにブランコに乗った。ぎいぎいと音を立てる古いブランコは、懐かしさと寂しさを呼び起こす。昔みたいに、私は片方の足を振り上げた。その瞬間、靴がゆるやかに飛んでいって、茂みに落ちていった。涙が出てきた。私はブランコから降りて、靴がとんでった方向へと歩いた。やっぱり探しても探しても、靴はなかった。