二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 第二幕 ( No.2 )
- 日時: 2012/11/04 18:56
- 名前: ゆずり ◆qXlC6lTe92 (ID: gwrG8cb2)
憎たらしいほどに真っ青で爽快な世界が、私の頭上には広がっていた。ひんやりと冷たい風が私の身体を撫でるけれど、屋上という大好きな場所にいる私には何の障害でもなかった。
休み時間のたびに私は屋上に来ていた。雨の日も雪の日も。学校がある日は絶対に屋上に来ていた。何度も何度も来ているうちに、屋上へは誰も近寄らなくなった。「屋上は折笠いずみという不良の領地」という意味不明な噂が流れていたからだ。
好都合ではあった。誰もいないほうが自由に過ごせるから。けれど、不都合なこともあった。それは、風紀委員長の存在だった。
彼は、基本的に人が群れている場所には姿を現さない。屋上には彼がいると聞いたことはあったが、人がいる確立が高い休み時間には彼が姿を現すことはなかった。
けれど、私の噂のせいで誰もいなくなった屋上に、彼は頻繁に足を運ぶようになったのだ。
「また君かい?」
「そっちこそ」
黒い学ランを身に纏った彼は、ムッとしたような表情で言った。私は怠惰の念を隠そうともせずに、めんどくさげに彼に目を配る。それにますます苛立ちを覚えた彼は、私の近くまで来て、いつのまにか出していたトンファーで私の頭を殴った。
そのまま私は吹っ飛ばされて、屋上のフェンスに受け止められる。危ないところだった。すこし間違えば屋上から落ちていたのだから。
つーっと頭から垂れてくる血を乱暴に拭うと、私はそのままフェンスを背にして地べたに腰を下ろした。私の血がこびりついたトンファーを片手でくるくると弄びながら、彼は私を見下ろしていた。
「何するんですか。痛いじゃないですか」
「痛い?」
彼が、全てを悟ったように私を嘲った。ふざけるな。お前は私の何を知っているんだ。そうは思っても、口に出すことはできなかった。ただ彼に口答えすることを許されない弱い私には、彼の紡ぐであろう言葉を待っていることしかできなかったのだから。
「君には“痛覚”というものがないんだろ」
私は小さい頃、交通事故にあったことがある。そのとき、私は痛覚を失ったのだ。虫に刺されようと鉛筆を刺されようと包丁を刺されようと車に轢かれようと、私は痛みを感じない。
痛みを感じないというのは何も知らない人間から見れば多少うらやましいのかもしれない。けれど、痛覚がないと私は怪我をした事実さえも知ることはできないのだ。
それは、つまり私は死ぬ瀬戸際であろうと、その事実を確認することはできないのだ。なぜなら私は、どんな重傷を負おうと痛みを感じないのだから。
「……どうしてそれを」
「僕を誰だと思ってるんだい?」
彼が微笑を浮かべた途端に、授業開始のベルが鳴った。「——遅刻だね。校則違反だよ。あと、その金色の頭もね」と今更なことを言いながら、彼はトンファーを私に振り下ろした。また赤い血が頭から流れたが、痛くはない。けれど殴られた衝撃で地に伏した私を、彼はつまらなさそうに見下ろしていた。
「屋上は、君の逃げ道なんかじゃないよ」
「……逃げて、ない」
「君は逃げてるのさ。孤独であるという寂しさから、ひとりぼっちの恐怖から」
「逃げてなんかいない!」
私は即座に立ち上がると、彼の懐をくぐり抜けて屋上のドアから飛び出した。きらい、だ。あいつのことが、何よりも。嫌いな奴になら何を言われても気にならないはずなのに、なぜか悲しいのはきっと、彼の言ったことが事実だからだ。
けれど、私には彼の言葉を否定するしかなかった。多分、今の私には最良の選択であった。
痛覚がないというのに、この心臓の痛みはいったい何なのだろうと、もう答えがわかりきった疑問を繰り返す。
これは、ひとりぼっちの運命なのだ。