二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 小説協会〜合作という名の交流〜 ( No.2 )
日時: 2012/11/17 22:06
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)

朝日ソノラマ刊、ヨウスケの奇妙な世界PARTⅡ仮面少年より、「荒野」です。
三十年前の漫画ですので恐らく誰も知らないと思いますが、気が向いたら読んでいただければ幸いです。


原作 高橋葉介
ヨウスケの奇妙な世界PARTⅡ仮面少年より
【荒野】



 いつも、同じ夢を見る。
 たった一人で枯れた荒野を歩いている夢なのだ。
 私は旅人。
 照らす日はあまりにも強く、日陰となるような草木の一本すらどこにも生えていない。
 私はボロ布を纏い、長い棒きれ一本を支えにして必死に歩いている。
 灼けた地面が素足に痛い。
 暑さと疲れに朦朧とする私の更に彼方、緑の塊が映った。
 おそらく、あれは森だろう。
 私は、倒れる前にあそこにたどり着けるのだろうか。

 そこで眼が覚めた。
 誰も居はしない深夜の部屋の中、私は訳の分からない恐怖に怯える。
 所狭しと立ち並ぶビル群、都会の雑踏。
 私は、それに埋もれつつ暮らしているただのしがない会社員だ。
 ある日、突然上司に呼び止められる。
「疲れた顔をしているね」
 良く肥えた顔に、小さな丸眼鏡を乗せている。
 如何にも世話焼き好きというような顔だ。
「君は真面目だが、根を詰めすぎるのが良くない。たまには発散させたまえ。趣味は何かな?」
 私はそこで初めて口を開いた。
「別に……、絵を見ることくらいですが」

 数日後、私は個展の会場に向かった。
 上司の言うとおり、発散をさせようと思った。
 その個展会場を開いた無名の画家は、自分が見た夢を題材に絵を描いていた。
 獅子に跨り剣を振るう幼い黄金の戦士。
 木の上で羽根を休めている、天使の姿をした乙女。
 ダンスをしている男女。
 実在しないような、緑色をした爬虫類のような物。
 私はその中の一枚の絵の前で立ち止まった。
 眼窩に、見覚えのある光景が出現した。
 それは「荒野」と題された作品で——。
 燃えさかる太陽と、ひび割れた不毛の大地が描かれていた。
 私にはおなじみの風景だった。
 右端に小さく、ボロを纏った旅人がいる。
 杖にしがみつき、今にも倒れそうだ。
 左に遠く見える緑は恐らく森だろう。
 そこでは激しい陽の光も緑の枝葉に遮られ、優しい影をつくっているに違いない。
 水気をたっぷり含んだ果実も冷たい泉も溢れていることだろう。
 小鳥が木の間を縫うように飛び交い、歌っているのだろう。
 旅人は、無事に森に辿り着くことが出来るのだろうか。

 私はそれからも夢を見た。
 太陽は輝きを強め、吹く風も無い。
 私の喉は干上がり、枯れた頬を汗が滴り落ちた。
 目指す緑の森はまだまだ遠い。
 私の目は霞み、足は最早歩を進めることが出来なくなっていた。
 夢の中で、私は急速に老いてゆくのだ。
 遂に膝を折った。
 夢の中で、私は死んだ。
 後には干涸らびた遺体しか残らなかった。

 私はそれ以後、荒野の夢を見ることはなくなった。


「お話って何でしょうか」
 先日話しかけてきた上司が、私を呼びだした。
「君、結婚を考えてはみないかね。私の知り合いの娘さんなんだ」
 上司の薦めで、私は結婚した。
 大人しい、何一つ非凡なところはない娘だったが、私は愛した。
 やがて子供が出来た。
 男の子だった。
 私にとてもよく似ていた。

 ある日、私はまた何年ぶりかに荒野の夢を見た。
 荒野を歩いている旅人がいる——ただし、私ではない。
 私の息子なのだ。
 小さな足が不毛の大地に灼かれ、苦痛に幼い顔が歪む。
 何度もよろけ、倒れそうになる。
 だが、心配はしていない。
 何故なら、緑の森がもうすぐ目の前に見えているからだ。
 私が辿り着けなかったそこに、多分、この子は辿り着くことが出来るだろう。
 頑張れ、もう少しだ。
 夢の中で私は思う。
 頑張れ、もう少しだ、と。