二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: [銀魂]拝啓、大嫌イナ神様ヘ。 |7up ( No.59 )
- 日時: 2010/08/25 00:02
- 名前: 瓦龍、 ◆vBOFA0jTOg (ID: Dz78gNY2)
■8 気付けなかった俺と涙さえ隠すあいつ
剣は重く、赤黒いものが緩慢に滑り落ちていく。
もうこの剣は駄目だ、人の油と人の斬り過ぎで刃毀れしてしまって切れ味も悪い。
鍛冶屋にでも見せに行かないと駄目だな、考えながら目前の気持ちの悪い生物を下から掬い上げるように斬る。
肉と骨を断つ感覚が彼女の右手を支配する。
もう、慣れてしまった。
人を斬る事に。
彼女の直ぐ横で、仲間が倒れる。わき腹に深く抉られた傷がある。
この男は、確か鬼兵隊に居た筈だ。高杉晋助率いるその軍隊。
一度気になって見に行った時に、こんな男が居た気がする。
まだ生きでいる事が解ると、彼女は迅速に目の前の生物、天人を薙ぎ払った。
数分して、とりあえず周りの敵が一掃出来た事を確認すると、近くに倒れていた男に肩を貸す。
生きていると言っても本当に虫の息で、夥しい量の血が未だ腹から流れ続けている男。
段々と冷たくなって行く体温を感じながら、彼女は一刻も早く帰って治療をしなければと足を速める。
決して慣れる事はなかった。
仲間の命が消える事に。
◆
彼女─無兎は意識を手放した男に負担をかけないよう担ぎ、仲間の待つ本拠地へと帰った。
鼻腔から離れない鉄の匂いに顔を顰めながら、丁寧に、だが速足に。
戦力外の女性達は私達の世話係や医療班として同じく其処に居る。
大体は天人に襲われた村の生き残りや有志だ。
医者になりたい者や、薬に詳しい者は医療班、それ以外は食事などを任せている。
無兎は本拠地に着くなり荒々しく扉を開け、声を張り上げた。
「おいっ!! 医療班、誰か来てッ!!」
大きな音が鳴り、続いて大きな声が聞こえれば呼ばれなくとも誰か来る。
如何やら一番最後に帰ってきたのが無兎のようで、玄関には草鞋が散乱していた。
誰の物か知らない草鞋を踏むのも気にせず、急いで此方に来た医療班の男性の姿が見えると共に再び叫ぶ。
「コイツが腹を斬られた! 出来るだけの事をしろ、急いで!!」
男性はちらりと血色が悪く青白い男を一瞥すると、眉間に皺を寄せ首を振った。
「この出血量では、助かりません……。今は確実に助かる命を優先して」
目を伏せて言う男に、無兎は激昂する。ダン! と壁に拳を打ちつけた。
「もし治療して助かったらどうする。お前は助かる命を見捨てた事になるんだ!
助かる助からないなんてどうでもいい、仲間を助けたいとは思わないのか貴様ァ!!」
もの凄い剣幕で怒鳴りつけられ、びくりと肩を震わせる男。
こうしている間にも、鬼兵隊の一員は段々と冷たくなっていく。
あまりにも彼女が怒鳴るので何事かと、何人かが中にある和室から出てきた。
寺子屋に居た時からの知り合い、坂田銀時、桂小太郎、高杉晋助。
そしてこの攘夷戦争と呼ばれる戦に参加してから出会った坂本辰馬だ。
気にせずギロリと無兎が医療班の男を睨む。
すると慌てて彼女の担いでいる男を治療用として使っている部屋へ連れて行った。
そんな彼女の様子に怪訝そうな顔をする桂。静かに彼女に歩み寄ると、彼女の顔を覗き込んだ。
「お前が取り乱すなど珍しいな、無兎。何かあったか?」
心配そうに彼女に言うので、彼女はハッとする。
此処は戦場。犠牲の上に成り立つ命があるのが当たり前の場所だ。
こんなに取り乱す必要などない、それが当り前の世界。
今まで同じような事があったが、無兎が取り乱す事はなかった。
冷静沈着、冷徹と言ってもいい程冷たく対応していた。
それは彼女が自分の気持ちを必死で抑える為に取っていた行動なのだ。
しかし周りがそれに気付く事はなく、彼女は仲間の中で浮いた存在となった。
傍に居てくれたのはあの四人だけだった。無兎は荒い呼吸を整えると、俯いた。
「何でも……ない」
その後、あの男が死んだと知らされた。
◆
本拠地には沢山の墓がある。一つ一つにその者の所持物と刀が添えられ、親しかった者が周りで涙を流す。
銀時、桂、高杉、坂本が涙を流しているのを無兎は一度たりとも見た事がなかった。
代わりに銀時は必ずと坂本は屋根の上に登り空を見上げ。
その直ぐ下に桂、反対側に高杉が沈痛な面持ちで座っている。
恐ろしい程の静寂に響くのは嘆く声。
目を瞑り、屋根に寝転がっていた坂田は不意に口を開いた。
「……無兎も、大変だよなぁ」
独り言のように発せられた言葉を、直ぐ隣に居た坂本は聞いていた。
「女子じゃき、仕方なかか。無兎は強いが、精神的な面ではげにまっこと脆い。簡単な事でちゃがまる。
強がっとるが、あいつは仲間がおらんようになる時部屋に籠る。責めとるんじゃき、自分の事」
所々土佐弁で何を言っているのか解らないが、大方解った銀時は「ああ」と同意した。
聞こえていたのか、そこで下に居た桂が口を挟む。
「……あ奴は涙も流さん。今日は取り乱しておったが、晩にはまた何時も通りに戻っていただろう」
腕を組んで彼が言えば、向かいに座る高杉が少し驚いたように顔を上げた。
「あんま元気無かったじゃねーか」
「だがさして変わりはなかった」
屋根の下に座る二人の会話に、坂田と坂本は顔を見合わせる。
彼等は知っていた。仲間の誰かが死んだ時、必ず無兎は部屋で泣く。声を押し殺してひっそりと。
皆が寝た頃に泣くので聞かれていないと思っているようだ。
しかしながら寝ている為に静かになり、その嗚咽は小さくてもよく聞こえた。
下に居る二人はそれに気付いていなかったようだ。勿論、他の者も気付いていない筈だ。
知っているのは屋根の上で空を眺める二人の男だけ。
「おーい、お二人さん」
「何だ」「んだよ」
「あいつぁ、ちゃんと泣いてるぜ」
「「!!」」
本当に知らなかったようで、二人は瞠目する。幼馴染としてどうなのかねぇ、銀時は胸中で思う。
桂は内心安心していた。彼女の心が死んでいなかった事に安堵したのだ。
死に反応を示さない少女が恐ろしく、悲しくもあったのだ。
まさか知らない所で苦しんでいたとは思わなかった。
高杉は唖然とする。彼女は死んだと思っていた。
寺子屋に居た頃の優しい彼女はもう、居ないと思っていた。
それは戦争が彼女を殺したと思っていたのだが、彼女が彼女の意思で自分を殺していたのだ。
ああ、どうして気付けなかった。
そんな自分に二人は情けなくなる。
そして、彼女に頼られていない事に、四人は悲しくなった。
(気付けなかった俺と涙さえ隠すあいつ)
彼女は何時だって笑っていた。
松陽先生が居なくなった時も、笑っていた。
何故泣かないと俺が責めた時も、泣けないからだと笑っていた。
やがて彼女は心から笑わなくなった。当然涙も流していなかった。
嗚咽が聞こえる部屋を覗いてみれば、若草色の教科書のようなものを大事に抱いて、泣いていた。