二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

 幻想ラプソディー ( No.129 )
日時: 2011/02/27 22:15
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: uXqk6hqo)





 レッスンが終わり、楽器をケースに仕舞い込む。丁寧に置いたあと、ふと中に古ぼけた写真が入っているのを見つけた。結構、年代ものらしく、色も褪せてしまっている。けれど、写真に写されている笑顔は、まったく色褪せていなかった。懐かしいな、と写真を手に取り眺めてみる。何故、こんなところに仕舞ってあるのか。今まで気付かなかったのか。疑問は次々に浮かんできたけれど、答えが返ってくるはずもなく。再度写真に目を落とし、小さい頃の朧な記憶を懐かしんでいた。


  ————幻想ラプソディー*


 お気に入りだった髪飾りをつけ、にこにこと暢気に笑っているのが私。正面から見て左にいるのがアツヤ。照れているのか、視線の先が不安定で、不規則に泳いでいる。そんな二人を眺めているのが士郎。穏やかな瞳が鮮明に脳裏を過ぎった。
 小さい頃は、三人一緒が当たり前で。たまに喧嘩もしたけれど、笑顔で過ごす時間のほうが圧倒的に多かった。ただ、三人でいるだけで自然と笑み崩れていた、そんな感じで。一緒にいると心が癒されて、元気付けられて。二人の存在は、今から考えても私に必要だったと思う。特にあの頃——お母様が病で亡き者になったときは。

 幼い私には、よく理解ができなかった。もう二度と、お母様とは会えないんだよ、かわいそうに。親戚の人たちにこう言われた。でも、いまいちよくわからなくて。お母様はもういない? 私が知らないところへ逝ってしまった? そんなの、わからないよ。だってほら、真っ白なベッドに横たわる貴女は、眠っているようだったから。だから理解できなかった。あの柔らかい肌も、暖かい声を発する唇も、私に添い寝してくれたあの夜と何も変わっていなかったから。
 でも、お父様が悔しそうに唇を噛む姿を見て、ようやく理解した。ううん、思考が現実を受け入れたと言ったほうが正しい。お母様が笑ってくれる日は、二度とこない。教えてくれると言ったヴァイオリンも演奏してくれない。今までの生活から、お母様だけがぽっかりといなくなってしまうんだ。凍結していく思考で、それだけはよくわかって。そう思った瞬間、体中から力が抜けて。無意識のうちに頬に何かが伝って。今、自分がどこを歩いているのかもわからなくなってしまった。大切な灯りさえ、見失ってしまった。まだ幼く、そして小さな心が、欠けた瞬間だった。

 大切な人を失って欠けた心。補うためには、また誰かを想わなくてはいけないのですか? 慕わなければならないのですか? またいつ、その人を失うのかもわからないのに? 解決法はそれだけ? どうすればいいのかわからなかった。けど、二人は、いつも通りで。
 変わらぬ笑顔が、私を出迎えてくれた。もう大丈夫、僕が、俺が、隣にいるよ。その声が私に届いたとき、また涙が流れてきて。空っぽになっていく心が、ようやく満たされた気がした。大げさかもしれないけど、それほど、二人の存在は私にとって大きかった。そうだよね?逢いたい、逢たいよ。でも、まだだめなの。もう少し、もう少し、私が大きくなれれば今すぐにでも逢いにいけるのに。「Le premier amour ne vient pas vrai」というけれど、もしそうなのならば、私のこの想いも、届かないのですか?

 茜色と桃色が織り成す、どこまでも澄んだ高い空。あの空、誰かも見ているかしら。もし、そうならば。少しでもいいから、お母様と二人に近づきたい。そう思い、窓を開けてベランダへ踏み出した。同時に舞い込んできた、優しくそして暖かい風に頬を撫でられて。気持ちがいい、と感じる前に気付く。季節はもう、"春"だった。


    (  恋しくて、逢いたくて。 )