二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

 不意打ち笑顔にずっきゅんきゅん 【風春】 ( No.210 )
日時: 2011/06/03 15:52
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: COldU63y)
参照: 藤浪葵を改名させようかと思う(ぇ



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「風丸さん、大丈夫ですか?」


 それはきっと、俺が練習に遅れていることを心配して言ってくれているのだろう。短く返事を返す。
 音無は何かを言いかけたが、平気だからと強引に彼女の言葉を遮ると、新しく買っておいたオレンジのゴムで髪を括った。ぎちぎち、と不気味な音がしている、気がする。切れてしまったらもったいないなと思いつつも、縛らないと女に間違えられかねないし——イナズマジャパンのメンバーに限って、それは有り得ないことだが——からかわれるのも好きではない。とくに伸ばす理由は無いものの、切ろうとも明確に思わないから今現在、この髪型で落ち着いている。
 しばらくゴムと格闘タイム。真新しいゴムは俺の力に反し、伸びぬように抵抗してくる。急いでいるからだろうか、今日はやけに物事がうまく進まない。ふと音無のほうに視線をやると、興味深そうにじぃっと俺を見つめていて。ひたすら見られるものだから、思わず声を掛けてしまった。


「……そんなに面白いか?」
「え? あ、はい!」


 すくっと、無意識なのか背筋を伸ばし語りだした音無。そこでちらりと、自分が遅刻している立場を思い出したが、たまには良いだろうと勝手に判断しそのまま話を聞くことにした。


「私、今まで一度も髪を伸ばしたことが無いんですよ。だから、ツインテとかおさげとか、経験が無くて」


 意外。この一言に尽きる。
 女子っていうのは、何かと髪を弄るのが好きでよく俺も小さい頃、近所の小学生に遊ばれていた記憶があるが——そこまで思い起こし、過去を振り返る。自然と苦々しい笑みが漏れている事が自分でもわかった。


「だから風丸さんみたいなポニーテールに、ちょっと、憧れてて」


 控えめな照れ笑いに思わず釣られる。俺は、そのふわふわの藍色のボブも音無に似合っていると思う。そうは思うけど実際に本人に伝えられるほど俺はカッコよくはないので薄ら笑いで済ませてしまった。妙な罪悪感に襲われる理由なんか知らない。


「私、風丸さんのポニーテル、好きですから!」


 明るい笑顔が花咲いた。あまりにも突然すぎるこの展開に、ついていけない鼓動。ただ駆け足になっているのは事実で。掛ける言葉を失う。
 さあ、練習行きますよー! その言葉を理解した頃にはもう、彼女は俺の前から立ち去っていて。待って、一緒に行かないか? そんな言葉を掛けられる日は来るのだろうかと、つい消極的になってしまう自分に尋ねる。
 もちろん、それらしい答えは返ってこなかったが。


( ああ……でも、 )


 髪を切る口実を無くしてしまった。結わえられた髪をひとふさ握る。細くて今にも切れてしまいそうな青い髪は、簡単に指をすり抜けて。
 ふと顔を上げれば、音無がこちらに振向き手を振っている。急かされてしまった俺は、軽く走り出した。眩しい笑顔を思い出すたびに抱く羞恥心をかき消す為にも。



 ————不意打ち笑顔にずっきゅんきゅん
          (  いや、それ卑怯だから!  )