二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 波に呑まれる。 【人魚姫パロ】 ( No.80 )
- 日時: 2011/08/10 21:07
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: AuasFZym)
- 参照: 合作楽しそうだなぁ……
「葵、綺麗だぞ」
優しく笑い掛け、思ったままのことを口にすると葵は、まるで別人のような美しい笑みを浮かべた。そう、
本当に別人のようで、何かが欠けた笑顔だった。
純白のウエディングドレスは、彼女が幼い頃から憧れていたもので。だからわざわざ、他国から取り寄せたのだった。手続きは家臣がやってくれるから良いものの、選ぶのは俺の仕事。サプライズとして選びに行った時は本当に苦労した。葵、どういうのが好みだったっけ……と必死に思い出そうとするが、どういう訳か何も思いつかなかった。だから、俺の趣味で買ってきた。布がたっぷりあしらわれた、女の子らしいデザインのドレスを。葵は特に感想を述べなかったものの、ありがとうと告げられたことだけは覚えている。きっと、気に入ってくれたんだろう。
ブーケは、真紅の薔薇で作らせた。甘く香る花の魅力は、彼女によく似ている。たった、それだけの理由。でも反発なんてされなかったから、何も問題無いんだろう。
「……もうすぐなんだな」
あと一時間もすれば、彼女は俺の花嫁となる。ようやく願いが叶うのだ。
「風丸のお嫁さんになれて、僕、嬉しいよ」
「俺もだよ、葵」
どこか乾いた声色に違和感を感じながらも、葵に微笑みかける。けれど彼女は、俺を見てはいなかった。部屋から見える、海を眺めていた。
嗚呼、そうか。
そう言えば彼女、結婚式は海の上で——船上パーティーが良いって、言ってた気がする。でも、そんなの今更すぎる。海が見えるこの教会で、俺たちは結ばれるんだ。優越感から口元が緩む。それが、誰へ向けた感情かなんて知らない。
刹那、ドアが三回、叩かれた。女中か誰かだろうが、この部屋に入るというのに名乗ってこない。さて、喉が弱い執事かな。そう思い、断ろうと息を吸う。が、それは滑るような彼女の声に制された。
「入って!」
なぜ彼女の瞳が煌めいたのか、理解できなかった。まるで、相手が来たことを喜んでいるようで——俺が来た時以上の喜びようだ——さて、お義父様かな? それともお義母様だろうか?
けれど、入ってきたソイツの姿は、誰でも無かった。
逆立った髪に切れ長の漆黒の瞳、俺よりも体格の良い、声を失くしたソイツは、
「豪炎寺!」
葵に名前を呼ばれ、微かに笑みを零す。が、俺を見つけると顔を強張らせ、さっと何かを背中に隠した。途端、生まれる負の感情。どういうことだ。——俺以上に歓迎されるなんて。
パッと立ち上がり、嬉々とした笑みを見せる葵。俺のことは、一瞥もしてくれなかったくせに。ソイツは居心地悪そうに立ちすくみながらも、葵に名前を呼ばれ、ゆっくりと歩み始めた。ソイツの背中に隠されていたのは、見たことも無い一輪の黄色い花だった。
ソイツはぼんやりと葵を見つめる。ドレス姿の彼女を見るのは、初めてなのか、物珍しそうでもあった。
「……ちょっと派手、かな?」
そんなことない。声を出した訳でも無いのに、ソイツは静かに告げてみせた。伝わるはずないのに、馬鹿らしい。……そう、思ってたのに。
「お世辞なんていらないよー」
けらけら、と。彼女は笑う。無邪気に、楽しそうに、嬉しそうに。
俺が眉をひそめているのなんか、関係無いとでも言うように。
ソイツはしばらく、笑い続ける葵を眺めていたが、そっと手に持っていた花を彼女に差し出した。ふと、笑い声が止み、部屋が静寂に呑まれる。葵は目をぱちぱちと見開き、花からソイツに顔を上げる。遠くから見ていた俺にも、ソイツの耳朶がほんのりと赤く染まっているのがわかった。そして、——葵の頬も。
「……これって、」
相当驚いたようで、動きがいつもより遅めだ。ゆっくりと花を受け取った葵は、有り得ないとでも言うように首を横に振る。
「だってこの花、絵でしか見たことないのに。海を越えた遠い国にしか無いのに、」
何を言っても微動だにしないソイツは、ただただ優しい微笑を浮かべるだけで。葵は本当に嬉しそうだった。——ねえ、どうし、て?
葵は花を折らないようにそっと、それでもぎゅうっと抱きしめると、ソイツに笑顔を——俺も見たことがない、心からの笑みを贈った。
「ありがとう」
この五文字が耳に届く前に、俺はただ黙って部屋を抜け出した。
なあ、葵は知らないだろう?
この教会の歴史を、あのドレスをデザインしたのはファッション界の巨匠と呼ばれる人物だと言うことを、薔薇の価値の高さを、そして、
俺の愛の深さを。
でも、俺も知らなかった。
お前が海を好きだったことも、シンプルなドレスを着たがっていたことも、あの黄色い、異国の地にしか咲かぬ小さな花を好きだったことも——葵が誰の花嫁になりたがっていたのかも。
俺はあと一時間もすれば、葵を我が妻として正式に迎えることになる。そして行く行くはこの国の王となり、栄光を掴み、葵の笑みを独り占めできるのだ。
だけ、ど。
『僕ね、海辺で男の子を拾ったんだよ』
『その子、声を失くしちゃったみたいで。他の奴が行くと怯えるんだけど、僕には心を開いてくれたんだ』
『あのね、風丸。その子の名前は……——』
たとえ、
どれだけ高価なドレスを贈っても、光り輝く宝石を見せても、愛の言葉を囁いても、——アイツをこの世から消し去っても、
彼女の想いは、俺には永久に向くことが無い。
「……どうして」
彼女のことを一番に想ってきたはずだった。まだ葵を知り尽くせていないと気付いていたけど、手に入れてからでも遅くないと思っていた。それが間違いだったんだ。どうしてもっと彼女の隣にいてやれなかったんだろう。そうすれば、少しは俺のほうを向いてくれたかもしれないのに。嗚呼、俺は、泣きそうな瞳で優しく微笑む、見ず知らずの少年に負けたのだ。
甘美な香りを漂わせ、大きな花弁を身に纏い、美しくそして気高い、棘で敵を突き刺し世界を生き抜き、多くの人から愛され続けた薔薇は、
たった一人から愛された、一輪の儚い花に負けたのだ。
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豪葵←風みたいですねw これがメインです。
お姫様=風丸です。性別転換しなくても十分いけますがね!(グッ