二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 魔道の世界--旅人達は-- *稲妻小説* ( No.7 )
- 日時: 2011/10/17 22:35
- 名前: 紅闇 ◆88grV3aVhM (ID: dNKdEnEb)
- 参照: 藍しゃま強いって……倒せんよう。
序章. 2話
「あー、驚かせちゃったかな? ゴメンね、カーナちゃん」
店主は肩から手を離し、いつの間にか近くにあった椅子に座っていた女の前の席に座ると、手を祈るように組んで、その上に顎を乗せた。彼の癖なのだ。
「カーナちゃんだって、この前うちに降って来た隕石を止めてくれたじゃないか。茜さん?」
“茜”。それが女の名前だった。
茜はそれにフッと笑うと、店主を見ながら通常より少し低い声で答えた。
「魔道者にとって“隕石止め”は基本だ——それに、あれは小さかった」
「そうかい? 俺にとってあの技は凄く見えたんだけどなぁ」
「後、『さん』付けは止めろ。気持ちが悪い」
「それについては答えないよ」
まだ椅子は何個も残っているのだが、カーナは座らなかった。
二人のやりとりを、カーナは見とれた様に、気が抜けた様に見つめて、その場から動かなかった。
「……ん、カーナ、どうした。座らないのか」
不審に思ったのか、茜がカーナに話を振った。
「——え、」と言葉が出なかったカーナは、その場を取り繕う為にでまかせを言った。
「あ……いや、出発しないのかなって」
「……今、」
「私が起きてから、かなり経ってますが」
一応、これも少しは考えていたのだが。
カーナは悲しくも茜に何故か一喝されてしまったのだった。
☆
「お師匠様、もう行くんですよね?」
「何処にだ?」
カーナは、この師匠と暫くの間ずっと一緒に過ごしてきたが、最近やっと分かった事があるのだ。『この人とまともに話をする事は出来ない』という事だ。聞いていなかった、はぶらかされた、聞いただけで怒られる。彼女はきっと人間離れしすぎているのだ。カーナは勝手にそう結論付ける。
「何惚けてるんですか。ジェネードを出るんでしょう?」
「まだ早いだろ。陽が昇ってからで十分だ」
「——はあ?」
気にしない、気にしちゃ駄目だ。そう自分に言い聞かせる。
——はっきり言って、この人変だよね。得体の知れない武器持ってるし。
「……だったらどうしてこんな早くに起こしたんで・す・か!」
「さーてそろそろ町も起き始めるし、出る前に散歩でもするかねぇ」
「話聞いてくださいって! ——あ、お師匠様ぁ!」
カーナの事など見えていないかのように、スタスタと歩いて行ってしまった。勿論、荷物は置いてだ。しかし、左手に持つそれは、握ったまま。カーナがもう一つ気付いた事。茜は、滅多にその槍を手放す事はない。口を尖らせ、意味も無く左右に目を通し、成す術も無く付いて行った。
その平和溢れる日常を後ろから見、口に手を当てクスクスと笑う店主には、誰も気付かなかった。
☆
此処、ジェネードの朝は早い。空が赤くもう、染まり終わる頃には、ほぼ全ての住民が起き出し、自身の仕事を始めている。この町が貿易に盛んだからだろうか。茜とカーナが町の大通りを通る頃には、辺り全体が賑わっていた。
「おう、茜さんじゃねえか! もう行っちまうのかい?」
それは、住民達に声を掛けられる事も、必然的に増えるわけだ。茜の場合は特に。今朝早くから威勢良く茜に話し掛けたのは、野菜を売る店の主の男。彼は茜の姿を見ると、愛想良く笑って手を振った。
「ああ。長居しすぎたからね。旅人の私達があまり此処に留まると、評判が落ちるだろう?」
「アッハッハ! んな事になったら、この町全員で訴えてやるさ! 気をつけろよ!」
此処の人は皆優しいと感じる。人と関わる事が増えると、そうなるのだろうか。
それからも、茜は町中の人に声を掛けられ、それに一つずつ答えていた。立ち話にも少しだけ付き合い、カーナの時とはまるで大違いだ。カーナはいくら彼女が変な人でも、態度が大雑把でも、嫌いにはならないだろう。きっとこれが、茜の本当の姿なのだと。
しかし、此処は貿易の町だ。住民達が愛想良いとしても、此処暫くまったく騒ぎが起きなくとも、部外者が現れ、この町で騒ぎを起こす可能性だってあるのだ。人の出入りが激しいからこそ。
そして偶然にも、カーナ達が居るこの日にも部外者が現れ、騒ぎを起こしたのだった。
「キャアアアァァッ!! 盗賊よ! 盗賊が来たわ!!」
誰かが叫んだ。それは、密集しているこの町全体に響き渡り、一瞬だけ人々を沈黙させた。そして——
一瞬だ。一瞬で我先にと自分の家へ戻った。カーナが驚いているその間に、人影は全て消えたのだ。音がしない。風が通り過ぎる音しかしない。その大通りには、事態が飲み込めないカーナと遠くを見つめる茜以外の誰も居なくなった。
「へ……、え? 盗賊? 何が起きたの?」
「カーナ」
自分の右隣に立つ茜の顔を見上げ、カーナは別の意味で驚いた。さっきまで笑っていた茜の顔は、眉を潜め、酷く嫌な顔をしていたのだ。そしてカーナはそれを見て少しだけ、血の気が引いた気がした。きっと怒っているのだ。そう思うと、次に起こる事は、茜にとって邪魔な存在でしかないのだ。
「……『嵐の前の静けさ』と言う言葉があったな。今はそういう状況だぞ」
「え——」
「茜!」
後ろから駆けてくる姿があった。宿の店主だ。店主は二人の前で止まると、茜の腕を掴み、咳き込むように一息で喋った。
「何があった!」
「毎年恒例の盗賊出現祭りだ。——離してくれ」
「……盗賊? ああ、そうか……ん、悪かった」
何か勘違いをしていたのか。店主は腕を放し、その場で深く溜め息を付いた。カーナはまたもや気付く。息が切れていないのか、この店主は。確か、店からここまでかなりの距離があったはずだが。少なくとも、全速力で駆けるには長すぎる距離が。
「そうだったか……いや、てっきり茜さんが何かやらかしたのと……」
「さん付けを止めろと言っているが。そんな事しないさ。……この町では」
他の町ではやらかすのだろうか。カーナは横でくだらない事を考えていた。すると、茜が先程見つけていた辺りから、足音がしてきた。ドスンドスン。何の怪獣……いや、人間か。やがて、黒ずくめの服を着た者が、何かを肩に乗せながら、こちらに向かってきた。
「おらああぁぁぁ!! 食いもんはねえのかこの町はよぉォオォ!!」
——なんだか、物凄く疲れそうだ。